932 過去は終わり未来へ
スラットさんを追い詰めたようでいて、状況的にはボクたちの方が追い詰められていたと言っていい。
だけど、特に悲観はしていなかったりする。
「ボクたちを倒すつもりなら、とうの昔にそうできていただろうしね」
それくらい圧倒的な力の差があったのだ。
例えるなら、スラットさんが俺TUEEEE!できるチート系主人公なのに対して、ボクたちは序盤の序盤で絡んでくるちょっとだけ名の知れた――しかも悪い意味で――素行不良な冒険者たちのようなものだね。オオカミの強さを引き立てるためだけに登場する哀れなかませ犬という訳。
ここまでくるともう、絶望的なのを超えて笑い話にしかならないくらいの差だよ。ひでぶ。
ところが現実には――ゲームですけどね――そんなことになっていない。つまり彼には別の狙いがあったということなのです。
「んー……。目的はボクの実力を測ること、かな?」
挑発的な言動に手加減された戦闘と、そう考えるのが一番しっくりしている気がする。『天空都市』へとやって来た理由の方は、最期の時を迎えるにあたって故郷ともいえるこの場所を粗んだというところかしら。
「おおむねその通りだ。秘術が解けたことを実感した途端、居ても立ってもいられなくなってしまってね。気が付いたらこちらに向かっていた。自分にまだそんな気持ちが残っていたとは驚きだったよ」
「郷愁の念とか望郷の念ってやつですね」
申し訳ないけれどリアルでは生まれ育った場所から長期間離れたことのないボクからすれば、想像することはできても心の底から共感することは難しい感情の一つだ。
「そうしてフラフラと当て所もなく歩いているうちに『空の玉座』までやって来てしまったいたよ。道中で死霊になっていた者たちを見かけることはなかったな。無事に秘術から解放されたようだから安心してくれていい」
それは二重の意味で安心だね。これ以上邪魔が入ることはなさそうだ。
「ところで、肝心の答えをまだ教えてもらっていないよね?どうして今さら試すような真似をしたの?」
こうして『天空都市』にたどり着いて秘術を解いたのだから、実力のほどは十分に示せていたと思うのだけれど。
「これは本当に偶然だったのだが、ちょうど君たちの話が聞こえてしまったのさ」
たちというと、ボクと『空の玉座』のAI的な存在との会話かな。
「やっぱり海の底に沈めるのは反対ですか?」
「いや。良い判断だと思う。『天空都市』を維持したままというのも、『空の玉座』をしばり付けるちょうどいい鎖として機能するだろう」
おお、褒められた!それにしてもあっさりと目論見を見破られてしまったね。
「さて、そうなると再び海の底から『天空都市』を浮上させることができるのはリュカリュカ、君ただ一人となる」
「……まさかボクが将来心変わりして大陸を支配し始めるとでも思ったんですか?」
目に見えて不機嫌になったボクの態度に、スラットさんが苦笑を浮かべる。
「確かにその可能性もなくはないのだろうが、私は限りなくゼロに近いと考えているよ。それよりも何らかの事情で誰かにこのことが知られてしまい、不本意な形で君がその誰かに従わなくてはいけなくなる、というパターンの方が心配だった」
あ、そういうことね。そういう身勝手野郎は武力をちらつかせたり、場合によってはあからさまに振りかざしてくるというのが定番だ。そんな不条理な暴力を跳ね除けられるだけの力がボクにあるのかを、彼は見極めようとしていたのだ。
「種明かしをしてくれたということは、及第点はもらえたってことですか」
「まあ、本当にギリギリだけれどね」
辛口だなあ。とはいえ、ものがものだから仕方がないか。『天空都市』がアンクゥワー大陸の統一に向けての大きな足掛かりになることは確かだからね。
元より大勢力の三つの国のどこかが手に入れれば、大陸統一はほとんど確実なものとなるだろう。恐らくはそれだけで終わらず、別の大陸へ侵略の手を伸ばそうとするような気がする。
「血まみれの大戦争時代の到来ですか……」
「極端な例だけど、最悪はそうなってしまうだろう。だからこそ君に屈しないだけの力があるのか推し量る必要があった」
悪人ムーブをしてまで挑発してくるはずだわ。
「スラットさんが懸念していることは理解できました。でも、そうはならなかったはずだよ」
「なぜそう言い切れるのかな?」
「だって、王冠端末はここに置いていくつもりだったもの」
「なんだと!?」
『空の玉座』にアクセスできるような危険物を手元に置いておきたくないです。スラットさんにとっては王の象徴であり権力の証である王冠のイメージが強過ぎて、放置していくなんて思いもよらなかったみたいだ。それを捨てるなんてとんでもない!というやつですな。
「海水によって流されることだけが懸念だったんですけど、スラットさんならいい感じの隠し場所とかも知っていそうですよね」
あの激しい戦闘中でも落ちるどころかズレる様子もなかった王冠を、カポッと抜き取って差し出す。
「……私が新たな統括者になり替わるとは思わないのかね?」
「それをわざわざ聞いちゃうことが答えですよね。まあ、さっきは見事に騙されちゃいましたけど」
えへへと笑うと、釣られたように少しだけ彼の口角も上がったのだった。
「分かった。これは責任をもって私が預かろう。次にこの『天空都市』を発見した者たちが絶望するほど念入りに隠してみせるさ」
うわあ……。運良くなのかそれとも地道な調査の結果なのかは分からないけれど、せっかく見つけたのに起動できないとか本当に絶望しそう。いつ現れるのかもしれない誰かに同情してしまいそうなくらい活き活きとした笑顔を見せるスラットさんなのでした。
『海面への着水まで残り百秒を切りました』
なんですと!?そういう報告はもっと早くからしてよ!?
「もう時間がない。急いで避難した方がいいな。……と、邪魔をした私が言えた台詞ではないな。せめてもの罪滅ぼしに脱出路を教えよう」
「あの魔法使いの私室にあるとにらんでいるんですけど、どうですか?」
「正解だ。よく分かったな」
「ああいう自己主張だけは激しい小者ほど、安全を確保しようとするものですから」
「ハハハハハ。まさにその通りだ。部屋に入るとすぐ右側が本棚になっているのだが一番右側のものはフェイクで簡単に壊せるようになっている。その奥の隠し部屋に逃亡用の魔法陣が設置されているはずだ。あの男のことだから死霊になった後でもいつでも逃げ出せるように整備を怠ってはいないだろう」
「詳しい情報感謝です!……さようなら。過去から解放された人」
「ああ。さよならだ。未来へ向かう冒険者」
次回で最終回です。
明日の18:00に更新予定です。