926 女性怪人はお色気担当なのか
『第八世界C地区方面視察用居城、俗称『空の玉座』の統括者新規登録を始めます』
どこからともなく響いてくる声にホッと一安心。どうやらここはVR機器の設定画面のような場所らしい。良かった。宇宙からの侵略者に誘拐された訳でも、謎の秘密組織によってお嫁にいけない体に改造された訳でもなさそうです。
良かった。田舎育ちだから虫への忌避感は薄いけれど、逆に大好きでもないのでそれらをモチーフにした怪人にされるのは正直困ってしまう。特に女性の場合はせくしー路線の場合が多いからねえ。
そういえば『OAW』では先日、勇者様シナリオの亜種として魔族の人体実験によって生まれたダークヒーローを選択できるようになったらしいですよ。さらに似通った境遇のNPCも登場して、パートナーや攻略対象になっているのだとか。『戦いを通して育まれていく愛情と友情、そして葛藤!』がキャッチフレーズなのだそうだ。
えー……、うん。ご新規さんの開拓は大事だよね。
さて、ボクの方に話を戻しますと。現実世界――ゲームの中だけど――から切り離された、いわゆる精神世界だとか意識下の場所に該当するらしい。
その証拠にこれだけあれこれと思考を巡らせていたにもかかわらず、視界の隅に表示されたカウントダウンの数字は止まったままだった。
『王冠端末所持者のスキャンを開始します。……前任者との血縁関係なし。記録の残されている二十代前までさかのぼりましたが、そのいずれとも血縁関係を見出すことはできませんでした。以上のことから現所持者を完全な新規登録者と判断します』
ふみゅ。本人も知らなかった亡国のお姫様設定などは存在していなかったようだね。まあ、キャラクターメイキングの時に設定しなかったのだから当然なのだけれど。
この秘密の裏設定だけど、物語の主人公感が増すということで結構評判がいいそうだ。判明してもプラスにしかならないタイプのものがお勧めらしいです。王族や高位貴族の庶子というのが定番だね。ものによっては特定のランダムイベントがクリアしやすくなる効果もあるとかないとか。
まあ、ボクはあまり興味が引かれなかったのでスルーしたのだけれど。なぜかアウラロウラさんには「ブラックドラゴン相手に頭脳戦で勝ってしまうような人には不要でしょうね……」と遠い目をされてしまった。
『新規統括者として個体名リュカリュカ・ミミルの登録を開始します』
「んん!?どうしてボクの名前を知っているの!?」
『先ほどスキャンした際に登録に必要な情報はすべて取得済みです』
なるほど。血縁関係を即座に照合できるくらいだから、それくらいはできて当然か。プライバシーの侵害だとか個人情報の保護なんてことは、こちらの世界では「なにそれ美味しいの?」状態なので言うだけ無駄です。
それよりも、王族との血の繋がりがないことを理由に弾かれなかったので一安心といったところだわ。逆に言うと王族でなくとも統括者になれるということで……。この辺りの事情にも反乱が止まらなかった一因になっていそう。
中には密かに統括者の座を狙っていたヤバい人もいたような気がする……。
そんなやからを差し置いてリュカリュカちゃんが、しかも棚ぼたというか諸般の事情により仕方なくその座についてしまっているのだから皮肉な話だよねえ。もっとも、やることをやったらすぐに返上するつもりだけれどね。
こんな厄介で面倒そうな肩書きなんて、持っているだけでトラブルを呼び込んでしまいそうだもの。
『リュカリュカ・ミミルの登録を完了しました。これより統括者の意識を現実に帰還いたします』
「ちょおっと待ったあ!その前に『空の玉座』のこととか統括者の権限のこととかを教えて!」
『了解しました』
こちらはほとんど何も知らない状態なのだ。このまま放り出されても困る。
それに名前的にはトップのようでも実はそれほどの力はなかった、という展開がないとも限らない。ここは偵察好きで情報通なキャラのように要チェックが必要な場面だ。
と、ここまでも嘘ではないのだけれど、本当の狙いは別にあったりします。せっかく現実の時間が停止しているという便利空間に居るのだから、その利点を最大限に活用しないとね!
できることなら作戦の細部に至るまで計画を立て尽くしておいて、現実に戻って以降は行動するだけの状態にしてしまいたいところだ。
『まず、この『空の玉座』について概要をご説明したします。当館は今から遡ること三お……、エラー発生。正確な時間を測ることができませんでした。以降は太古と称します。太古の時代に支配区分第八世界C地区の視察と管理を目的として建造されたものであり……』
人工知能だろうと思われる存在の説明を聞き流しつつ、質問事項や場合によっては命令する内容を考えていく。
重要そうな話をしている?まあ、ワールドクエスト『天空の島へ至る道』の最終盤だからね。この機を逃せば完全なお蔵入りになるかもしれないし、表に裏に色々な設定や情報を開示しているのでしょう。
「統括者の権限はどれくらい?基礎的で根本的なシステムにも介入できる?それともこれを滞りなく管理運用するためだけのものなの?」
『お答えします。ブラックボックス化された当施設が存続するための基盤項目を除き、すべてに介入する権限を持ちます。ただし、理由もなく損壊の恐れのある危険な命令は拒否されることもあります』
いきなり「自爆しろ!」とかいった命令が通るようでは危なすぎるものね。妥当と言えば妥当かな。安直にぶっ壊してお終いとはいかないようだ。残念。
主砲での砲撃に関しては、魔力が減少して『天空都市』の形成を維持できなくなった際に連動する形になっているから、危険な命令とは判断されていないというところだろうか。もしかすると『空の玉座』そのものには害がないと判断されて放置されているのかも。
いずれにせよ、システムの隙間をつくような姑息ではあるけれど巧妙な手口だわね。
そして、統括者になったことでその命令にも介入できそうだと分かったのは収穫だね。
どこを狙っているのかは知らないけれど、今そこに住んでいる人たちは当時とは何の関わり合いもない――と思われます――のだ。そんな人たちを巻き込むようなことをさせる訳にはいかない。