924 夢の続きではない
夢の話をしたら怒られました。解せぬ。
「さすがに今のはリュカリュカが悪いですよ。話の内容が突然過ぎてわたしも目が点になりましたから」
苦笑しながらも普段通りの温和な態度で言うネイト。夢の中だとこの子が将来イケイケではっちゃけた性格になるのよね?クシア高司祭の教育とはいったい……。
「その通りですの!ようやくの再会だというのに、おかしな話をするリュカリュカが悪いのですわ」
「いやでも、ようやくの再会とは言うけどさ……」
ミルファの言葉に頭をかきつつ口ごもる。
ああ、先に言っておくと二人に合うのが嫌だったとかそういうことではないので。こうして無事を確認することができてホッとしているのも確かだ。
大丈夫だとは思いながらも脱出ポッドに不備がなかったか?とか、着地地点が魔物の巣とか危険な場所だったらどうしよう?とか心配の種は尽きなかったからねえ。
そんな訳で約束通りクンビーラで二人と会えたこと自体は望んでいたものではあるのですが……。
「別れてから三日では感動の再会とまではいかないんじゃないかなあ」
そう、何と『天空都市』で別れてからたったの三日しか経っていないのですよ。リアル側の時間ですら一週間程度でしかなかったりする。
脱出の当てがあったとはいえ、それなりに悲壮感溢れる別れのやり取りが滑稽になってしまいそうで、ついつい夢の話に逃げてしまったのだった。
もちろん、そちらの内容が気になったというのも嘘ではないよ。最後なんて明らかにミルファが永遠の眠りにつく流れだったし。ネイトはネイトで、話題に上がるのみだったことから既にお亡くなりになっているという設定だった可能性も低くはなさそうなのよね……。
プレイヤーとNPCでは世界の理どころか時間の流れすら異なると暗に言われたようで、ちょっぴり暗くなってしまっていたのだ。
「まあ、夢の話は今後追々するとして」
「なぜかしら。ロイとの結婚のことやら何やらでわたくしが揶揄われる展開しか予想できませんの……」
「奇遇ですね。わたしも性格が大きく違っているようですし、色々といじられそうです……」
「失敬な。そんなことはしない……、とは言い切れないけど。ともかくミルファとネイトも無事にクンビーラに帰ってこられたみたいで良かったよ」
ちょっとばかり無理矢理に話題変換をすると、ミルファとネイトは顔を見合わせてしまった。表情の方もどんよりどころかげんなりしているような……?
「そこはやらないと言い切ってもらいたかったところですわね。……それと、あれを無事と言われると否定したくなってしまいますの」
「生き残ったという意味では確かに無事と言えるのでしょうが……。正直なところしばらくの間は生きた心地はしませんでしたからね……」
詳しく話を聞いてみると、『天空都市』からの射出後は高速移動アンド落下のコンボという絶叫マシーンなんて比較にならない、まさに恐怖体験だったらしい。
「落下先がクンビーラのそばで良かったですわ。おかげでブラックドラゴン様に受け止めてもらうことができましたもの」
なんでも脱出ポッドの飛来にいち早く気が付いたブラックドラゴンが空中でキャッチしてくれたらしい。
それにしても『大陸統一国家』建国時の後ろ盾が風卿だったということなので、脱出先のも風卿エリア』に指定されたままになっているだろうとは思っていたのだけれど、まさかクンビーラのすぐそばになっているとはね。ご都合主義な気もするが、そこは運営の粋な計らいということにしておきましょうか。
「一歩間違っていればブレスで消し炭になっていた危険もありましたけれど」
しかし発見した当初はどこかからの攻撃かと思われたらしい。出会ってすぐのブラックドラゴンなら確実にネイトが言った通りの展開になっていただろうから、ある意味彼も成長していると言えそうだ。
「ということは脱出ポッドも無事なの?」
「ええ。貴重な古代の遺物ということで、秘密裏にクンビーラの城へと運び込んでいますわよ」
まあ、あれなら世界を滅ぼしかねない危険な技術や魔法が使用されているということもないだろう。公主様始めクンビーラの人たちには様々なバックアップをしてもらっていたから、これくらいは報酬として渡してしまってもいいかしらね。
「衝撃吸収のノウハウとか習得できれば、馬車の乗り心地の改善とかにも繋がりそう」
「それはいいですわね!」
「乗り心地の良い馬車が増産されるようになれば、都市国家同士の行き来も可能になるかもしれませんよ。街同士を行き来する乗合馬車が普及しない一番の原因は、魔物が出没することではなくその乗り心地の悪さだと言われていますから」
ボクのふとした思い付きに想像以上の勢いでミルファが食いついてきたので何事かと身構えそうになってしまったが、ネイトの解説で得心がいったよ。
街の中とは違い、基本的に街道は土を踏み固めたものでしかない。雨風による凸凹もあれば石ころが転がっていることだってある。頑丈さを優先に造られている馬車では揺れや衝撃がダイレクトに伝わるため、一日程度ならともかく何日も乗って移動するのは苦痛となってしまう。
「上手くすれば一大産業に育てられるかもしれませんわ。後でそれとなくお父様に伝えておきます」
分かりやすいメリットや目標がある方が研究にも資金や人材を投入しやすいだろうし、平和利用してくれるならこちらとしても申し分ないです。
「話がそれましたが、わたしたちの方はすぐにクンビーラに帰還することができた、ということになりますね。……さあ、次はあなたの番ですよ」
「別に誤魔化したりはぐらかしたりするつもりはなかったんだけどさ」
ちゃんと話せと圧のこもったネイトからの視線に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「結果を先に言っておくと、『天空都市』は全機能を停止して中核の『空の玉座』ともども簡単には手の出せない場所に隠してきたよ」
「その言葉を疑う訳ではありませんが、本当に手出しができませんの?」
「もちろん。だって海の底に沈めてきたんだからね」
水深が数百メートルにもなろうかという深海だ。これを引き上げるには最低でも『大陸統一国家』の全盛期くらいの技術力が必要になるのではないかしらね。