923 例えばこんなエンディング
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天気の良い昼下がり。手入れの行き届いた庭園では草花が瑞々しい色どりで歓待してくれておりました。時折聞こえてくる唸り声のようなものは、ブラックドラゴン様のいびきでしょうか。お腹を上にしたそのだらけきった様を思い出してしまい、ついつい微笑みが浮かんで参ります。
「おばあ様!」
すっかり日課として定着した庭園の散歩を終え、東屋へと腰を落ち着けるのを待っていたかのようなタイミングでわたくしを呼ぶ声がします。
振り返れば幼い男の子と女の子が駆け寄ってくるところでした。愛らしい孫たちは、突如一緒に暮らすことになったわたくしを他の家族ともども温かく迎え入れてくれました。
あの『天空都市』にまつわる大冒険からクンビーラへと帰還したわたくしことミルファシア・ハーレイ・クンビーラは、婚約者だったバルバロイと結婚し、コムステア侯爵夫人となりました。
住まいも東のコムトの町へと移し、彼との間に一女一男を授かることができました。夫や家族と共に一喜一憂する生活は冒険の日々にも劣らない刺激に満ちたものでした。
そんな子どもたちの内、何と娘がクンビーラ次期公主の正式発表の際に主役であったハインリッヒ様に見初められてしまったのです。
当初は血の濃さやコムステア侯爵家との関係などが取りだたされ問題視されたのですが、ハインリッヒ様はそれらの問題点をすべて正面から打ち破り承諾を勝ち取ってしまわれました。幼い姿が印象に残っていたこともあり、この時は彼の成長を大いに感じさせられることになりました。
そのような出来事もあり、一年前夫が亡くなり息子が正式にコムステア侯爵となったことを機に、わたくしは実家であるクンビーラの城に出戻ることになったのでした。
「あらあら、うふふ。二人とも今日も元気ね」
わたくしの言葉に男の子は満面の笑顔を、女の子ははにかんだ笑みを浮かべております。いつの間にやって来ていたのか、気が付けば子猫たちがわたくしたちの足にじゃれついていました。
「おばあ様、またお話を聞かせて!」
「お話しするのは構わないのだけれど、二人ともちゃんと今日の分のお勉強は終わらせてきたのかしら?」
コクリと頷いた女の子に対して、男の子の方はピクリと肩を震わせました。これは完了直前で飽きてしまった、というところかしら。まあ、叱るのは私の役目ではありませんから、今日のところは見なかったことにいたしましょう。
「ふふ。今日は何のお話をしましょうか」
「ぼくは『ヴァジュラ』の闘技場で百連勝した時の話がいい!」
おっと、それはわたくしとしましては黒歴史に近い扱いなのですけれど。まあ、やったこと自体は後悔しておりません。端となったヴァジュラからの要求は不当な難癖に過ぎませんでしたので。
ただ、後から思い返しますと少々やり過ぎた感は否めないものがあります。結婚式以来久しぶりにネイトと一緒だったことも暴走の一助となってしまいました。あの子、昔と違ってすっかりイケイケな性格になっていましたもの。『放浪の高司祭』ことクシア様の影響もあったのかもしれません。
夫もあの要求に対しては腹に据えかねたものがあったようで、ストッパーになってはくれませんでした。その結果前代未聞の闘技場百連勝という偉業が成し遂げられてしまったのです。
「わたし、リュカリュカ様の『ポートル学園』でのお話が聞きたい」
あら、幼くともやはり女の子ですわね。『水卿公国』での一件は国を揺るがす大事に繋がったこともあり様々な作品となって世に出ることになりました。
その中にはリュカリュカが扮していたジェミニ侯爵令嬢が、公子を始めその後国の中心となって活躍することになった男性陣との恋愛模様を描いたものまであるそうなのです。もっとも、現実にはそういったロマンスの欠片も存在していなかったようですけれど。
「えー!?っリュカリュカなんて居たのかどうかも分からない冒険者のことより、おばあさまが活躍するお話の方がいいよ!」
「そんなことないもん!リュカリュカ様はちゃんと居たもの!おばあ様、そうでしょう?」
「ええ。もちろんですよ。あの子は居たわ。いいえ、確かに存在しています」
遠い日の宝石のような思い出たち。その中には必ずあの子がいました。
ふと、遠くから孫たちを呼ぶ声がします。
「お茶の用意ができたみたいね。わたくしはもう少しだけ休んでから行きますから、先に行って伝えてくれないかしら」
「分かった!」
「任せて!」
登場した時と同じく元気に走り去っていく幼子たちの後ろ姿を細目で見送ります。あの子たちとのお話は楽しいけれど、少しだけ疲れてしまいます。それだけわたくしも年も取ったということの証なのでしょう。
しばし目を閉じて風に揺れる葉擦れの音を楽しんでいると、コツコツと石畳を叩くどこか覚えのある足音が聞こえてきます。高鳴る胸を鎮めながらゆっくりと目を開くと、懐かしい、けれど忘れたことのない顔がそこにありました。
「やあ、ミルファ。お久しぶり」
「久しぶり過ぎますわ。待たせ過ぎですの」
足元にじゃれついていた子猫たちのうち一匹を抱き上げながら、彼女はバツの悪そうな表情を浮かべてあらぬ方を向いてしまいます。
「あー……、ちょっとばかり予定外のことが一杯起きちゃったんだよね。……それより、すっかりおばあちゃんになっちゃったねえ」
「そういうあなたはあの頃のままなのですわね。まあ、リュカリュカにはいくつも驚かされてきましたし、今さら見た目が変わらないくらいで驚くようなことでもないのかもしれませんけれど」
しばし時間を忘れて二人で歓談にふけります。
「あふ……。あら、ごめんなさいね。懐かしい顔を見たから安心して気が抜けてしまったのかしら」
「……眠ってもいいよ。時間がきたら起こしてあげるから」
「そんなことをさせては悪いですわ」
「再会が遅れちゃったお詫びだよ」
「随分と安いお詫びですわね。まあ、それで許してあげるとしますわ」
「ありがとーございますう」
「うふふ。なんですか、もう。……それでは少しだけ眠らせていただきますわ」
「うん。ゆっくり、お休み……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「という夢を見たんだけど、これって何かの暗示なのかな?それとも別の世界の未来だとか?」
「そんなこと、こっちが聞きたいですわ!?」
まだだ、まだ終わらんよ(笑)
エピローグ的な章にはなりますが、さすがにこんな打ち切り風の終わり方はしませんのでご安心を。