921 脱出ポッドは絶叫マシーン?
肝心の脱出ポッドの入り口が分からない、などということもなくすんなりと中に入ることに成功する。
「使用されていないのはともかく、碌に整備もされていなかったはずだからどうなっているのかと思ったけど意外ときれいなものだね」
使いきりの装置だから、ここにあるイコール未使用ということになるのだよね。外観も古びた感じはあるが、外気に晒されることで傷んでいる様子はなかった。
余談ですが、『天空都市』の下側という配置に加えて、雲よりも高い場所にあるので雨の心配はない。まあ、結露とかはあったかもしれないけれど。
「これから使用するという時にそれを言われると、とても不安に思えてくるのですが……」
「おっと、ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだけど、ちょっと無神経だったね」
ネイトの言葉にすぐさま謝罪を入れる。心配させるのは本意ではないからね。
さて、外壁との間に緩衝素材でも入っているのか、球体のそれの内部は予想していたよりも狭くて正式な座席に至っては六人分しか用意されていなかった。王やその地位に近い本当にごくわずかな人だけを脱出させるためだけの代物だったということかしらん。
ゲーム的には一パーティー分だけということなのだろうが、ボクたちの場合はエッ君たちに『ファーム』へ入ってもらう予定なので余るくらいだわね。
その座席だけど、腰部分を固定するベルトに加えて遊園地のジェットコースター等絶叫系の乗り物を連想させるようなゴツイ金属製のUの字型固定具が備え付けられていた。
それを見た瞬間、本当に大丈夫なの?という疑問が頭をよぎるが、VRとはいえゲームなのだから危険はないはずだと自身に言い聞かせる。
「この、座席の上についている物は何でしょうか?」
「よく分かりませんが物騒な見た目ですわね……」
対して、それらを見たこともないミルファやネイトは困惑顔だ。金属製の太いパイプ状だし、知らなければ物騒と感じるのも当然かもね。
「それはこうやって使うんだよ」
ミルファを座席の一つに座らせると、ベルトで腰部を留めた後に金属製固定具を下ろす。
「……拘束用の器具のようですね」
「拘束って……。でも衝撃やら何やらで座席から放り出されるのを防ぐ訳だから似たようなものなのかな?」
「いえ、随分違うと思いますけれど……。それよりも椅子から放り出されるようなことがあるのですか?」
「外の壁に描かれていた魔法陣で強風を発生させて、この装置を外に放り出す設定のようだからね。これがどれくらい自力で動けるのかにもよるけど、着地の時にはそれなりの衝撃があるんじゃないかな」
『大陸統一国家』時代の超絶技術の塊とはいえ、完全に衝撃をゼロにしてしまうのは難しいだろう。
「だ、大丈夫なんですの?」
「王様を逃がすための装置なんだから安全は保障されているでしょ」
これで命を落としてしまっては本末転倒はなはだしい。むしろ安全圏や味方の勢力圏内に着地できるか否かの方が重大ごとだったと思うよ。
「ところで、わたくしはいつまでこうしていれば良いのです?」
「もうすぐ出発するんだからそのままいればいいんじゃない。ネイトもだよ」
「わたしもですか?」
「万が一体の固定ができていないと危険だからさ。今のうちに準備をしておいて。外に出て『天空都市』崩壊の予兆を確認するのはボク一人でも十分だからね」
ちなみに、脱出ポッドの起動は壁にある赤くて丸い『はっしゃボタン』を押せば三十秒後に自動で魔法陣が動き出す仕組みになっているらしい。と、すぐ下の説明書きにありました。
「ボクなら三十秒もあれば一人で固定具を付けられるから」
そう説明すると特にごねることなく従ってくれたのだった。しかし、こういう身動きが取れない時にトイレの心配をしなくてもいいのはゲームの利点だよねえ。
まあ、緊張状態に触発されてリアルの肉体が尿意をもよおす、といった事例もあるそうだけれど。フルダイブしていても肉体と切り離されている訳ではないという証拠の一つになっているとかなんとか。
ミルファに続きネイトも固定具を付け終え、外の様子を見に行こうかなと思っていた時にそれは起きた。
『緊急警告。魔力残量が急激に減少しています。都市形状維持に支障をきたします。直ちに魔力を補充してください』
『緊急警告。統括者の消失を確認しました。王冠端末を用いて新たな統括者を決定してください』
あらあら。外へ確認しに行くまでもなかったね。このまま放置しておけば魔力不足で崩壊していきそう。しかしあの王冠にそんな機能が付いていたとは。不用意に触らないで良かったよ。
それはさておき、クンビーラの宰相さんに依頼された墓所探しから始まった『天空都市』にまつわる一連の出来事も、これでようやく一段落ということになりそうだ。
『最終警告。魔力の低下及び統括者の不在が続行中。統括者との盟約に基づき都市形状維持の規定量を下回った時点で主砲への装填を開始します』
……は?
主砲に魔力を装填?……何のために?
「呆けている場合ですか!砲撃するために決まっているでしょう!」
怒鳴るようなネイトの大声にハッと我に返る。
「負けるにしても、せめて一矢報いようということなのかしら?」
ミルファの予想を聞いて、ボクの頭に浮かんできたのは似て非なるものだった。
「あの連中がそんな真っ当な気概を持っていたとは思えないよ。死なばもろともな相打ち覚悟ならまだマシな方で、悪ければ相手に自分たち以上の絶望を与えようという悪意の塊かな」
そしてどちらかといえば後者のような気がする。
それにしても何という最悪な置き土産だろう。スラットさんには悪いけれど、あなたの周囲の人たちはあなたが思っていた以上に腐っていたみたいですよ。
『都市形状維持の限界点までのカウントダウンを開始します。限界点まで残りおよそ千二百秒』
どうしてそこで、およそ!?この一分一秒を争うタイミングでファジー機能を発揮するのはやめてくれませんかね!?
ええと、分換算すると二十分を切ったくらいか。時間があるようでなさそうな微妙な感じだなあ。
「すぐに止めに戻りませんと!」
固定具を外そうと動き出すミルファたちを見て、覚悟が決まった。
「そうだね。……でも、行くのはボク一人だよ。みんなはこれで先に『天空都市』から脱出して」