907 死霊のその先
「邪魔者ハ、消スウウウウウ!!」
ついに戦闘フェイズへと移行するという段になって、いきなり王様の口調が怪しくなる。
「一気に自我の消失が進んじゃった!?」
ボクたちという侵入者と出会ったことで残っていた理性が切れてしまったの?それとも敵対者だと認識したために凶暴さが表出して振り切れてしまったとか!?
「どうなったにせよ、話が通じなさそうなことに間違いはありませんわね」
それには同感。だって、
「まがまがしい外見で巨大化するとか、死霊というより悪霊になってないかな!?」
彼の周りに黒い霧か霞のようなものが発生したかと思えば、合体してあっという間に巨大化してしまったのだ。
その外見は下半身がなくなり腰から上が床から生えているという様相なのだが、その体のあちらこちらから角というか棘のようなものが突き出ていて見ているだけで痛そうだ。それは頭部も同じで、側頭部からは羊のような巻角が、頭頂部からは髪の毛の代わりかとツッコみたくなるほど大小さまざまな鋭く真っ直ぐなものが伸びており、剣山のようになっていた。
その一方で目や鼻といった顔を構成するパーツはなく、まるでつるんとしたゆで卵のようだ。もっとも似ているのはその一点のみで、おどろおどろしい雰囲気とも相まって食欲がわくようなことはなかったけれどね。
ちなみに、どれくらいの大きさかというと、ボクたちがそれぞれ一マス分のユニットだと仮定すると、あちらは床に接した胴体部分だけで三マス掛ける二マスの六マス分くらいはありそう。
両腕もそれに合った大きさへと変貌しており、有効攻撃範囲は周囲三マスはありそうかな。ついでに言うと、振り回すだけで複数の相手にヒットしそうだから、範囲攻撃もあると仮定しておくべきだろうね。
「うわあ、気持ち悪う!?」
足がないから動けないのかと思いきや、強引に腕を使って這い寄るようにして近付いてくる!?B級ホラー映画を彷彿とさせる気持ち悪さだった。
「言ってる場合ですか!早く避けないと!」
ネイトの声に慌てて距離を取る。そのごっつい腕を振り下ろされてドガァン!と轟音が響き床と共に空気を振動させた。〔鑑定〕技能によれば周囲や『天空都市』維持用の魔力を吸収してより実体化しているような状態らしい。
よりゲーム的なメタ的に言うと、こちらの攻撃も通用するようにという配慮なのだろうね。なお、魔法陣の周りには謎バリアが展開されており、敵の攻撃を誘導して壊すという荒業は使用できなくなっていました。やっぱり撃退が必須なのね……。
そしてこれは意外な悪影響をも生み出していた。大広間のど真ん中の大部分を占めていた魔法陣――とついでにその上にぷかぷか浮かんでいる緋晶玉――が謎バリアによって進入禁止になってしまったため、移動できる範囲が著しく制限されてしまったのだ。
そして繰り返しになるが悪霊化した元王様はでかい。そのため、向かい合うだけで壁と魔法陣との間が占拠してしまうほどだった。
「しかも有利な場所だって理解しているのか、そこから無理に攻め寄せてこようとはしないし」
「死霊のくせに中途半端に賢いですわね……」
誰よりも秘術に精通しており元凶その一だった魔法使いや、肉体を持ったままになったスラットさんを除けば、彼はボクたちが出会った死霊の中で唯一人間だった頃のことを覚えていた訳だからね。戦いで小賢しいまねの一つや二つくらいはしてきても不思議ではないのかもしれない。
ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。
「これって今は何の変化もないけど、もしかするとダメージを与えていたら回復されちゃうパターンだったりしない?」
「手を出さない代わりに、あちらも態勢を立て直すという訳ですか」
「そんなことあり得ますの!?」
「迷宮では番兵のように特定の階層に出現する魔物に、そうした行動が見られることがあるそうです」
「本当にあり得ますのね……」
うわあ……。一気に倒しきれないと距離を取っている間に回復されてしまい、最悪だと初めからやり直しになってしまうかもしれないのかあ……。徒労感が半端なさそう。
話は変わるけれど、すごろくで「スタートに戻る」のマスを最初に考え付いた人をボクは絶対に許さない!
「だけど昔の偉い人は言いました。ピンチはチャンスだと!」
「何か策があるのですか?」
「〔共闘〕技能発動!みんな出てらっしゃい!」
エッ君とリーヴとトレアに加え、チーミルとリーネイも呼び出す。
這い寄って来た動きを見るに、移動に関しての巨大悪霊の動きは緩慢だ。だから振り返る動作だってもったりしているはず。
つまり、何がやりたいのかと言いますと、
「ボクたちが正面からあいつを引き付けるから、みんなは魔法陣の周りをぐるっと回って後ろから攻撃しちゃってね!」
謎バリアが覆っているのは魔法陣だ。こちらの壁との間に巨大悪霊が居座ったように、もう一方の壁との間にも当然空間がある訳で、そちらを通り抜けて玉座のある奥側を経由すれば悪霊の背面へと辿り着けることになる。
そして振り返ることができないならそちらからは攻撃し放題になるという寸法だね。これぞ挟み討ち大作戦!
まあ、いくら何でもこんな致命的な弱点をそのままにしておくとは思えないので、HPが半減するなりしたところで行動パターンが変化して対応してくることになるのだろうけれど。
それでも、楽に削れるならば試さない道理はない。
「ミルファ、ネイト。エッ君たちが攻撃しやすいようにこっちに引き付けるよ」
「了解ですわ!」
「回復は任せてください」
「お願いね!うおー!ボクたちが相手だー!」
ネイトの言葉に短く返して、ミルファを追いかけて鬨の声を上げながら悪霊へ正面から突撃していく。無茶は承知だけれどうちの子たちが攻撃に集中できるようお膳立てをするのがボクたちの役割なのだ。
肉体のない敵にどれだけ五感的なものが残されているのかは不明だが、少しでもヘイトやら何やらを稼いでおかないとね。
「くうっ!」
「あっぶな!?」
カウンター気味に襲ってきた右腕の振り下ろしを間一髪のタイミングでかわす。カザキリ音がうるさいほどの鋭くて勢いのある一撃だったんですけど!?移動の時とは雲泥の差があるじゃないのさ!
まさかこいつ、実力を隠していたの!?