906 もう一人の元凶
ふう、と小さく息を吐いた音が部屋の中にこだまする。主をなくしたためなのか、それほどまでに静かでそして寒々しかった。
「……大丈夫ですの?」
ふと、ミルファから案じる言葉を投げかけられる。いつでも動けるように準備をしながらも見守ってくれていたのだろう、振り返れば彼女だけでなくネイトもまた心配そうな顔をしていた。
「平気だよ、とは言い難いかな。さすがに今回は疲れたし堪えたよ……」
言葉を武器にして隠された心情を暴き立てて一人の人間を消滅へと追いやったのだ。ミドルティーンの小娘には重すぎる業だよね。
しかし、やったことそれ自体に後悔はない。彼は危険だった。自分の本心に気が付いていなかったために『天空都市』に居座ったままだったけれど、仮にその自己顕示欲と承認欲求が抑えきれなくなっていれば、地上のあちこちでとんでもない災厄を引き起こしていたかもしれない。
それこそ、魔王と呼ばれ恐れられる存在になっていたかも。
……あれ?何か今とんでもない裏設定を思いついてしまったかも?……うん。きっと気のせいだ。ボクは何も閃いたりしていないし、皆も何も聞いていない。いいね。
「思わぬ寄り道になっちゃったね。この後まだ本命が残っていると思うと頭が痛くなりそうだわ……」
本音を言えばこのままログアウトしてしまいたい。……ところなのだけれど、今立ち止まってしまうと色々思い悩んでしまってドツボにはまりそうなのだよねえ。それこそ『OAW』からこのまま引退を考えてしまうほど思い詰めてしまう自信があります!
いや、胸を張って言うような内容じゃないことは理解しているのだけれどさ。そんな風におどけてカラ元気でも出さないと潰れてしまいそうなのだ。
「消耗自体はなかった訳だし、このままもう一つの方に進もうか」
本当に、その一点だけは不幸中の幸いだった。この先は恐らく秘術の中心だろうし、そんな場所が何の対策もなしに放置されているとは考え辛い。
「トラップならマシな方かな」
「そうですの?」
「死霊になった何者かが居る方が危険。そういうことですね」
ネイトの答えに頷くことで同意する。死霊になってまでその場にいるのだから、ボクたちの行動に対して邪魔をしてこないとは考えられない。
「死霊が居たら間違いなく戦闘になると思っておいた方がいいかな。あとは……、うん。仲間が集まってこないように祈ろうか」
もしくは爽快感がウリのアクションゲームのように、武器の一振りで倒せるくらいヘッポコになっているとかね。まあ、いくら何でもそれは都合が良過ぎるというものだろうけれど。
そして魔法陣の中継場所へと戻り、改めてもう一つの方へと移動です。
そこは謁見の間といった風情の所だった。体育館もしくは大きめの講堂くらいの広さで奥まった方は一段ごとの高さはそれほどではないものの数段高くなっている。そこに豪華な装飾を施された椅子がぽつんと置かれていた。いわゆる玉座というやつだろうね。
これまでの建物とは異なり、左右には大きな窓がいくつも並んで室内にまでしっかりと日の光が入り込んでいる上に、正面、つまり玉座の背後の壁には巨大なステンドグラスがはめ込まれており、カラフルながらも厳粛で荘厳な雰囲気を生み出していた。
一方で、そんな光景に似つかわしくないものもあった。一つ目、床の大半を埋め尽くす勢いで描かれていた大きな魔法陣。しかもピンクというか赤紫というか、とにかく見ていると不安がこみ上げてきそうなけばけばしい色合いの光を放っていた。
二つ目、そんな魔法陣の真上に浮かぶ縦長の真紅の宝石。言わずと知れた緋晶玉だけど、おいおい、ボクの背丈くらいはありそうなんですが!?
よくもまあ、こんな巨大な物を発掘してしかも保管できていたものだわ……。とか思っていたら、よく見てみると一点物ではなく、拳大ほどの大きさの物を大量にくっ付けてさせて形成しているらしい。
まあ、それはそれでこれだけ大量に集めたものだという話になるのだけれど。あと、なんで浮いてるの?
「これ見よがしな魔法陣と緋晶玉……。間違いなくこれが死霊化の術式のかなめになっていると思うんだけどどうでしょう?」
「わたしもそう思います」
「否定できる材料が見当たりませんわ」
ネイトもミルファも同じ考えのようだ。
一応もう一つ候補として『空の玉座』と連動させて『天空都市』を浮かべている飛行のための代物、という案もあったのだけれど、それこそ動力部に仕込んであるような気がするのよね。
「あれの機能を停止させられれば、ミッションコンプリートかしらね」
「……邪魔立てするのは何者ぞ」
あのでっかい緋晶玉をぶっ壊してしまうのが手っ取り早いかな。……って、あれ?
「今誰か何か言った?」
思わずホラー物の序盤で犠牲になるキャラのような問いかけをしてしまうボク。そしてお決まりのように二人からは否定を示す首を横に振るジェスチャーが。
「この大陸を統べるは天に座すこの王に他ならぬ……」
再び聞こえた声にガバッと振り向くと、半ば透けた人影が玉座についているではありませんか!
「さっきまでは誰もいませんでしたのに!?」
「術式に対するわたしたちの敵意に反応して現れるようになっていたということでしょうか」
恐らくネイトが想像した通りの気がする。そしてあそこに座っているということは、ポロッとこぼしていたように『王』なのだろうねえ……。つまりは死霊化のもう一人の元凶ということだよね。
まあ、周囲を大勢に取り囲まれるのではなかっただけマシかな。ああ、いやいや。気を抜くのは早いか。いざ戦闘が始まった途端に護衛隊召喚とかこちらの心を折るようなことをしてくるかもしれない。
逆に一人だけというのもそれはそれで面倒だ。正面立って戦うのは明らかに不利な状況の場合、様々なギミック――弱体化に始まり、クリア条件を達成する一発逆転なものまで――が仕掛けられていることも多いから、逃げ回りながらそれらを探すという勝利の糸口がある。
対して、敵が一人だけの時は戦って倒さないと話が進まないようになっていることが多い気がするのだ。
「王様なんだし、武術は自衛のために多少の心得があるくらいが普通だと思うんだけど……」
ゲームだからなあ。『OAW』だからなあ……。王様が最強だった、とかいうとんでも設定を当たり前のように仕込んでいそうな気もするのだよね……。