904 止められない激情
「ぐぬぬ……。我よりも先に永遠の時間にたどり着きそうになるとは不届き千万!なればこそ気に食わないあやつらを葬り去るのに最適だったということだな!ぬわっはっはっは!」
……は?そんな子どもじみた八つ当たりであんな悪辣な罠にはめたというの?
そして情緒不安定な部分はあるようだけれど、先ほどの師匠を利用して死霊化を推し進めさせたことを語ったように、記憶の方はしっかりと維持しているらしい。
はあ……。仮に記憶にを損失しているのであれば、放置しておくのもアリかなと思っていたのだけれどね。ほら、どうせ『天空都市』を維持しているエネルギー供給を止めるために死霊化の秘術は解く必要がある訳だし、手を出すとなればこちらにもリスクが伴うことになる。
いくらボッチで孤独に研究を続けてきたと言っても、同じ死霊だからね。仲間の危機を察して、というか侵入してきた外敵を排除するために押し寄せてくるかもしれない。
どうせ同じ結末を辿ることになるのであれば無理をするべきではない、とか考えていたのだけれどねえ……。
でも、もうダメ。我慢の限界です。怒りで頭がどうにかなりそうだ。どうやらボクにとってあの件は自分で思っていた以上に心の傷になっていたらしい。
ケリをつける、いや、こいつに引導を渡さないと収まりそうにもないや。
ちなみに、反省して後悔しているとは徹頭徹尾予想すらしていない。こういう手合いはどこまでいっても自分本位の自分第一主義者だからね。孤高の天才、研究に全てを捧げた求道者と言えば聞こえがいいかもしれないが、他人を思いやる気持ちを投げ捨てて他者と共感することを放棄した社会不適格者というのが実際のところなのだ。
ああ、あくまでも創作物の登場人物の話ですので。勘違いする人はいないと思うけれど、念のために一応注意の一文を入れておきますですよ。
「二人とも、ダシに使うような真似してごめんね」
口の中で小さく呟く。どんな事情があろうと、これからやろうとしていることはボクが怒りを解消して、心の平穏を取り戻すための行為でしかない。だから彼らのことを持ち出すのはどこまで行っても口実に過ぎないのだ。
まあ、あの二人なら笑顔でサムズアップするくらいはやりそうではあるけれど、それでも直接何かを言われた訳ではないからね。
その線引きができていなければ、亡くなった誰かを理由に横暴を働く下種に成り下がってしまうことだろう。
「……で、気に食わなかったから反乱勢力が攻め寄せてくる状況を利用して罠にはめたってこと?」
「たった一人の犠牲で『神々の塔』への侵入を防ぐことができたのだ。あやつも誇りに思っていることだろうよ」
それとて自分にとって有用でなければ正反対の評価を下したはずだ。騙される方が悪いと言わんばかりの傲慢で相手を蔑む口調に苛立ちが増していくのを感じる。
自分以外の存在は全て価値がないと考えている典型的なパターンのようだ。
それなら、その認識を真っ向から否定してやろう。お前なんて何も特別な存在ではないのだと分からせてやりましょうか。
「ボクはそいうやり口は嫌いだな。それと、お前みたいな勘違いしているやつを見ると延びた鼻っ柱を叩き折りたくなるね」
「……貴様、我に向かってそのような不遜な言葉を吐いたのだ。覚悟はできているのだろうな」
自尊心が強いやからはそこを否定されれば
濁った瞳でこちらをねめつけてくる死霊魔法使い。クンビーラから旅立つ前であれば、それだけで恐怖に囚われることになったかもしれない。
が、ぶっちゃけ色々ととんでもない魔物と戦ってきたためか、恐ろしいとは感じなかった。むしろ凄んだところでその程度なのかと吹き出しそうになってしまった。
まあ、魔法使いとはいえ研究畑の人間だったようだし、生前は戦場に出ることもなかったのかもしれないね。そう考えると必死に虚勢を張っているようで、思わず生暖かい目で見てしまいそうだ。
「ぬああああ!!やめろ!そんな目で我を見るな!我は死をも超越して永遠の時間を手に入れた偉大なる魔導士なのだぞ!」
「余りある時間を手に入れたところで何だっていうの?大切なのはその時間をどう使うか、その時間で何をなしたのかでしょうに。そんなことも理解できていないのに、よく偉大な魔導士だなんて自称できたものだわ」
しかも言葉のチョイスが……。現在進行形で症状が悪化している中二病を見せられているようで、正直ちょっとキツイです。ある意味本日一番のピンチかも……。
さて、いくら研究一筋な引きこもりであっても現代よりもはるかに魔法技術が進んでいた文明の人間だったことに違いはない。ゆえにボクたちでは太刀打ちできない強力な魔法を行使できる可能性だってある。戦場に出たことがないという予想自体が的外れなものかもしれない。
だからここはあちらに先んじて一手打っておく。
「あらあら。まさか論戦で押され気味だからと言って、武力を行使しようなんて考えてはいないかしらん?」
「なぬ!?そ、そんなはずがないではないか……!」
「そうだよねえ。研究を生業にしている人がそれをやっちゃたらお終いだよねえ」
自分で自分を否定するようなものなので。
「と、当然なのである!舌戦には舌戦で、論戦には論戦で立ち向かうのが道理というものである!」
しっかり言質も頂きました。撤回はさせないからね。
まあ、あえて暴発させることで自己嫌悪や自己矛盾に陥らせて、自滅させるという手もなくはないのだけれど、そういう場合はいわゆる「ついカッとなってやった」状態だからねえ。加減とかができないことが多いから、こちらの被害も尋常ではなくなる可能性が大なのですよ。
こいつさえ滅亡させられれば後はどうなってもいい、なんて破滅的な思考や状態でもない限りは選択できるものではない。
逆に言えば、対象を大いに苦しめることもできるので悲劇的な復讐ものであれば十分選択肢に入るということですな。うん。とりあえずギャグ寄りコメディ重視のボクとは縁がなさそうかなー。
それはともかく、武力は封じたことだし、あとはコテンパンに――言葉で――のしてやるだけだ。
例え泣こうがわめこうが止めるつもりはない。しっかりと後悔させてあげる。