902 転移した先は?
白く塗りつぶされていた視界が少しずつ明瞭になっていく。そうして映し出されたのは、体育館ほどの円形の空間にいくつもの魔法陣が並ぶ一種異様な光景だった。
これまでとは違ってドーム状になっている天井そのものが発光しているようで明るさに不足はない。
窓もあるけれどこちらは随分と小さい。ボクの頭よりも一回り大きいくらいではないかな。その分たくさん作られているようだけれど、明り取りには不十分な気がするから別な用途があるのかもしれないね。
「これは……、もしや全て転移の魔法陣ですの!?」
「あー、うん。そうみたい」
さすがに全部をチェックすることはできないので、手近な二つと少し離れた所にある三つを適当に選んで〔鑑定〕してみたところ、ミルファの言うようにどれもが転移用魔法陣だと判明したのだった。
そのたくさんの魔法陣だけれど、よく観察してみると配置に規則性があるようだ。まず、複数が一直線に並んでいる列がいくつかあるみたい。そしてどうやらそれらの列は部屋の中心から放射状に広がるようになっているらしい。
ちなみに、ミニマップによるとボクたちが移動してきた魔法陣は西寄りの南、いわゆる七時の方向の外側から二番目だった。
「ハッ、キュピーンとひらめいた!もしかしてここの魔法陣のそれぞれの行き先は死霊になった人たちの肉体を安置している場所なんじゃないかな」
これだけの大都市なのだ、造反していなくなったり派兵されたりして減少していたとはいえ死霊になった人の数が三桁程度だとは考え辛い。先ほどまでボクたちがいた肉体安置場所がいくつも準備されていたと考える方が妥当だろう。
そしてスラットさんの話によれば、死霊になるにあたって捨て去った肉体は『天空都市』を維持するための電池というかバッテリーというか燃料というか、とにかくそれっぽい扱いになっていたはずだ。
要はなくてはならないものであり、本来は異常があればすぐに対処できるようになっていたのではないだろうか。ついでに言うなら定期的なメンテナンスや確認なども行われるはずだったと思う。
「ここはそれぞれの場所にすぐに移動できるように準備された、集約地点であり中継地点のような施設なんじゃないかしら」
「集約地点、というのは理解できます。ですが中継地点というのはどういうことでしょうか?転移で移動できるのですからわざわざそんな箇所を作る理由はないように思うのですが」
「転移で移動できるからこそ必要なんだよ。それぞれの場所にすぐに行けるってことは、逆にいろんな場所から一瞬でやって来られるってことでもあるんだ。ボクたちだってこうしてやって来ている訳だしね。例えば敵が攻めてきた時、中継地点がないとあっという間にいろんな地点から押し寄せてくることになっちゃう」
まあ、『天空都市』内部にまで攻め込まれた時点でアウトのような気もするけれど。それでも王や大将首になる人を逃がすための時間稼ぎくらいはできると考えていたのかも。案外、クーデターのような内輪からの襲撃に備えるものだったりして。
「多分だけど、ここって最悪切り捨てても問題ない場所なんだと思うよ」
近くの壁面に向かい並んだ小さな窓の一つから外の景色を見たことで、その思いは強くなった。遠くではないけれど『天空都市』の街並みが楽々一望できていたのだ。つまり、それくらい高い場所にボクたちはいるらしい。
「もともとは物見やぐらとか、そういう用途に使用されていた場所なのかもね」
あの街を取り囲む高く分厚い壁のすぐ内側に建てられているようで、ぐるりと回った先の窓から見えたのは、どこまでも続く青い世界だけだった。
「いや、ちょっと待って、おかしいでしょう!?どれだけ高くても地面が見えないとかあり得ないから!?」
リアルの成層圏でも、雲海などに遮られていない限りは陸地なり水面が見えていたはずだ。
……あれ?
「水面!?まさか海の上に居るの!?」
小さな窓に顔を押し付けるようにして目を凝らしてはるか下を見つめる。すると時折きらきらと光を反射している様が見えた。
「うわー、まじかー。ホントに海の上っぽいぞー……」
クンビーラ近郊の地下遺跡で見た絵や、『大霊山』こと『神々の塔』の頂上からたどり着けたことでてっきりアンクゥワー大陸の所空に居るものだと思い込んでしまっていたのだ。
おっと、驚き過ぎて思考をそちらに吸い寄せられてしまったけれど、本題はそこではない。
「反抗する人たちが集まったところで外に向けて倒壊するようにこの建物の根元を壊せば、空の彼方へ物理的に排除できるって寸法だね」
階段などの逃げ道がないのがまたえぐい。まさに一網打尽なその様子を思い浮かべたのか、ぶるりと体を震わせるミルファとネイト。その気持ちはよく分かるよ。ボクもしゃべりながら背筋がぞわっと粟立ってしまったもの。
成功すれば一発大逆転でばつぐんな効果となると分かるからこそ、恐ろしく感じてしまうのだった。死霊になって知能が失われていることに感謝する日がくるとは思わなかったわ……。
「では、ここからは肉体を安置してある場所にしか行けないのでしょうか?」
ネイトの疑問にボクは首を横に振る。
「ううん。それだと効率が悪くなるし、緊急時に間に合わなくなるよ。首脳陣が集う中枢と繋がっている物があると思う」
実際に動き回ることになるのは配下の実務者クラスの人たちだったのだろうけれど、そんな人たちへ指示や命令をだしたり、逆に彼らからの報告を聞いたりする場も必要だったのではないかしらん。
「ボクたちが転移してきた位置から予想するに、放射状に延びている魔法陣は肉体安置場所へ転移するためのものだと思うのよ」
予想通りならば、これで大半は除外することができる。
「怪しいのはそれ以外の魔法陣ということですわね」
「そう。だからこの部屋の中央にある……」
「あの二つのどちらかが正解ということですか」
「うん……」
ここにきてまさかの二者択一です。スムーズな行き来ができるようにするため出入り口を二つ作ってあるとか?……そんな都合のいい解釈があるはずないか。
「何を悩んでいますの?違っていてももう一つの方に入り直せばすむだけのことではなくて?」
「そうだといいんだけど」
どうにもさっきから嫌な予感がぬぐえないのだよね……。




