897 コソコソします
ササッ。……キョロキョロ。ササササササッ!
某桃色なヒョウのテーマソングを脳内で流しながら、あちらの建物の陰からそっちの物陰へと素早く移動していく。
あ、どうも皆さん。大絶賛スニーキング中のリュカリュカです。
あの『神々の塔』頂上にあった目に優しくない光り輝く階段を登ることしばし、いつの間にやらボクたちは『天空都市』だと思われる建物群の中に入り込んでいた。
振り返れば開かれたままになっている巨大な門があり、その両側には高くて厚い壁が両側へと延々続いている。虹色のもやもやは単なる目隠しではなく、転移機能のある代物だったのかもしれないね。
ぽっかりと開いた出入り口の向こう側に見えるのは上面と同じくひたすらに青い色ばかりで、その位置を特定できそうなものは一つとして存在していなかった。
対して壁の内側だが、何らかの魔法の効果によるものだろう建てられたばかりとは言わないがしっかりと建物としての形状を残している物と、半壊している物、さらには遺跡のように完全に崩れて土台や基礎だけが残る物が混在していた。
すごいね、魔法。気が遠くなるほどの時間が経っているのに利用されていた当時のままの姿で残っているとか、こちらは元よりリアルでもきっと垂涎ものの技術ではないかな。
それにしても建築物の状態に違いがあるのは一体どういった事情によるものなのだろうか?都市内の全てを保存するにはMPが足りなかった?
これだけ巨大な都市だから、それもあり得なくはなさそうよね。
だけどここは『大陸統一国家』時代の中枢であり最も栄誉のある場所でもあった。ここで暮らすことが最上級のステータスだったという、スラットさんの言葉からもそれは間違いないはずだ。事実であったとしても力が及ばなかったことを公にはできなかったような気がする。
建築等の技術が廃れないようにあえて時と共に朽ちる建物を残した、とかなんとかそれらしい理由をでっちあげていたのかもしれない。
おおと、今はそんなことをつらつらと考えている場合ではなかったのでした。半壊し建物に囲まれていたからなのか、つい当時の様子に想いをはせてしまったよ。
さてさて、では何故そんな場所に潜んでいるのかと言いますと、都市内のあちらこちらを死霊たちがうろうろと歩き回って――半分足が消えている状態でも歩くと言っていいのかしらん?――いたためだ。
つまりは、やつらに見つからないようにあちこちに隠れながらこっそり移動していたという訳。
そんな死霊たちだが、生前の記憶や人格を失っているためか特に理由もなければ行くあてもなく、ただただうろついているだけのようだった。
しかもはぐれるようにして他の連中から離れた場所に単体でいた死霊の動きを観察してみたところ、死霊たちが感知できる範囲はかなり狭いことが判明した。
「感覚の中でまともに機能しているのは目だけのようですね」
「あの様子ですとよほど大きな音を立てない限り、真後ろを通ったとしても気付かれることはないと思いますわ」
確認のためにこそこそ―っと背後から近寄ってみたところ、一メートルくらいの距離でもバレませんでした。調子に乗ったミルファがさらに接近した際に急停止されて、危うく背中に激突しそうになったけれどね。あれは心臓に悪かった……。
なお、一体ずつ倒していくという案も出たのだが、不意打ちによる先制攻撃で倒しきれるかどうか分からないことと、仮に救援を求めた時にどれだけの数の死霊がやって来るのか想像がつかないこともあって、基本的に戦闘は避けるという方針になったのだった。
「右ヨシ左ヨシ、前もヨシ!」
指をさしながら死霊がいないことを確認していく。実はこれまで頼みの綱にしていた【警戒】技能が死霊たちには通用しなかったのだ。ボクよりも技能熟練度が高いネイトも同じくだったので、そういう性質――またの名を仕様ともいう――なのだろうと思う。
ちなみに、連中の聴覚が大きく退化しているとはいえ、なくなっている訳ではないので小声です。
「次はあの半壊しているところまでかな」
奥側には壁がしっかり残っている反面、こちら側からは仲が丸見えという一時的に身を隠すための移動先としてはグッドな物件でございます。まあ、屋根も七割方崩れ落ちているから、住家とするには不適当極まりないけれどね。
「それじゃあ、行くよ。三、二、一、ゴ――」
隠れていた建物跡から飛び出して一斉に走り出そうとした瞬間、先頭に立っていたボクの目の前にボトッと何かが落ちてくる。
「!!!?」
とっさに口を押さえて反射的に飛び出しそうになっていた悲鳴を抑え込めたことには、自分で自分をほめてあげたいとすら思うナイスな判断だった。
リアル時間ではかれこれ一年ほども前のことになるのでお忘れの方も多いかもしれないが、クンビーラの壁外で発したボクの悲鳴が、中央広場にある冒険者協会の支部にまで響き渡ったことがあるのだ。いくら大幅に低下しているとはいえ、それだけの大音量を発してしまえば死霊たちに気が付かれてしまったに違いない。
いやはや、本当に間一髪のところだったよ……。
それにしても一体何が落ちてきたのだろうか?『神々の塔』の頂上の時点で雲の一つすらかからない超高層だった。そこから物理的につながっているのではないようではあるが、わざわざそこよりも低い位置に『天空都市』があるとは考え辛い。
そうなると鳥を始め空を飛べる生き物がうんが付くものをプリっとできるような高度ではないと思うのだけれど……。
ああ、ドラゴンなら到達できるかも。とはいえ影も形も見えなかったし、それらしい気配やら何やらも感じ取れなかった。
それに何より、やって来ることが可能であれば『天空都市』をそのまま放置するようなことはしていないと思うのだよね。ブラックドラゴンも存在は知っていたようだし、手出しができないとか発見できないといった細工がされているのだろう。
そんなことを考えながら落下してきたものを観察していたのだが……。
「!?!?」
その正体に気が付いた瞬間、危うくまた大音量の悲鳴をほとばしらせるところだった。建物跡から外に出ていて、それを直接目にしていたのがボクだけだったのも幸運だった。
何を隠そう落ちてきたそれは半ば向こうが透けて見える死霊だったのだから。