896 頂上にて
耐久値修復のお礼を言ってスミスさんと別れた後、消耗品や便利系のアイテムを探し求めて『異次元都市メイション』をうろついてみたものの、これといった琴線に触れる物を見つけることはできなかった。
まあ、こちらにもしっかりと制限が付けられていたので、気になる物が見つかったとしても購入することはできなかったかもしれないのだけれど。
以上に加えて、知り合いやフレンドさんに出会っても碌にお話をすることはできないということもあって、ボクは早々にメイションから撤退することになったのだった。
はい、そんなこんなで日を改めましてボクの個別ワールドへとログインです。『神々の塔』内部の階層間を移動するための装置は特に何の問題もなく起動し、ボクたちパーティーメンバーを一瞬にして頂上へと運んでくれたのだった。
いつかレベルが上がって強くなった時には、他の階層の調査なんかもしてみたいものだね。
さて、頂上の様子ですが、
「ふわあああああ……」
「ふええええええ……」
「ふおおおおおお……」
とまあ、なんとも締まりのない感嘆の声からも理解してもらえそうですが、素晴らしく絶景でした!なお、誰がどの声だったのかは秘密。
スタジアムくらいの広さだろうか、頂上部分は円形に近くむき出しの岩肌で多少の凸凹はあっても、おおよそは平坦な広場といった様相だった。しかしボクたちが移動した先は、中央近辺でそこからさらに十メートルほど突き出した見晴らし台のような場所だったのだ。
いやはや、インパクトバッチリな光景だわ。北を見れば『水卿エリア』のウィスシーのきらめく水面が見え、東を見れば『火卿エリア』中央に広がる『聖域』の大森林が見渡せる。西の『土卿エリア』の険しい山脈地帯ですら、ここからであれば遥か眼下に広がっていた。
「……っはああぁぁぁ。やれやれ。何の準備も心構えもなくやって来たら、これを見せつけられただけで呑まれてしまうところだったわ」
とはいえ、かなりヤバかったけれどね。実際景色に見とれてしまって、無防備な姿をさらしてしまっていた訳ですので。
もしも『天空都市』が死霊になっておらず警備体制が機能していたならば、ボクたちはこの時点で捕縛されるなり討ち取られるなりしていたことだろう。
「この景色すら利用していたのですか……」
「あくまでもボクの予想だけどね」
「ですが、それほど的外れとは言えないように感じられますわ」
だろうね。大正解だと言い切れない、どうにも違和感が付きまとうのは、他にも思惑というか狙いが込められているからだろう。
「他の狙い、ですの?」
「うん。例えば、ここは一見屋外のようだけど、風もなければ寒くもないよね。こんな高い場所なのにさ」
ボクの言葉にハッとするミルファとネイト。外側ではあるけれど、恐らくここも『神々の塔』という遥か昔に建造された人口迷宮の一部であり管理下にあるのではないかしらん。
「自分たちが作ったものじゃないけど、「こんなすごいものを支配しているんだぞ!」ってアピールする狙いはあると思う」
これに関しては素直にすごいと感心する。特に、中に入るための方法をよく見つけ出せたものだと思うよ。あ、あんな心に傷を負ってしまいそうな中二病溢れる恥ずかしいセリフとポーズが鍵になっているだなんて、ボクなら絶対に解明できなかっただろうから……。
え?感心しているように見えない?……ソンナコトナイヨー。トッテモスゴイトオモッテイルヨー。
「あとは「ここから見える大陸の全てが自分たちのものだ!」っていうアピールなんかもあるんじゃないかな」
他にもいくつか考えられるけれど、要は『天空都市』に居座っていた連中の権威付けだわね。大陸の土地を実効支配していたのは四つの大貴族な訳で、だからこそ圧倒的でしかも分かりやすい上下関係を示せるものが必要だったのかもしれない。
「その頂点が、あの先にありますのね」
ミルファが振り向いた先、頂上の南寄りの一角にあったのは光り輝く階段のようなものだった。もちろんただの階段などではなく、視線を上げていくとボクたちがいる場所よりも少し上の辺りで虹色のもやもやに包まれて途切れてしまっていた。
あれこそが『天空都市』の入り口へと繋がる正規の道なのだろう。
「まるで天国へと続く階段のようですね。まあ、見た目だけですが」
そう言って苦笑するネイト。そこに居るのは神様どころか天使ですらない死霊たちだからねえ。むしろ地獄に言った方が適当なのでは?
「空の彼方を突き抜けて地獄に到着しちゃった、なんてね」
「その例え、割とシャレにならない気がしますの……」
発掘なんてできないくらいに深い地の底に埋められればいいのに。『天空都市』に搭載されているという超兵器をバビュン!と撃って穴を掘って、そこにドカン!と墜落させればいい感じに埋まったりしないかな?
まあ、そんな無茶苦茶なことをしても大丈夫な土地が存在していないのだけれど。
「それじゃあ、空飛ぶ地獄に乗り込むとしますか」
「登るために降りなくてはいけないのですわね。面倒ですわ」
先述したようにボクたちが居る転移先は見晴らし台のようになっているため、いったんそこから降りる必要があるのだ。
壁に沿って刻まれた螺旋状の階段をてくてくと歩く。例の光輝くそれに比べてしまうと、とてつもなく貧相に見えてしまうね。予算が足りなかったのかしらん?
頂上の床部分はぷにぷにだったりむにょむにょだったりすることもなく、岩肌な見た目通り固くしっかりとした感触を足裏に伝えてきていた。歩くのにも走るのにも支障はなさそうだ。
ついでに【警戒】技能を使ってボクたち以外の何かがいないかを確認しておく。開けた空間だが、冷たい陽炎のように視認し辛い魔物が潜んでいないとも限らない。
……気配はなし。視界隅のミニマップにも何ら反応はない。
どうやら安全地帯は続いているらしい。小さく息を吐きながら光り輝く階段へと足を進める。
うーん、まぶしい……。うっすらぼんやりとした発光ではなく、ギンギラギンに輝いているため目が痛くなりそう。リアルであれば確実に苦情が寄せられるレベルだわ。とりあえず製作者はアピールの仕方を間違えていると思う。
やだなあ、これを登らなくちゃいけないのか……。
侵入者予防には効果がありそうだわ。