887 破壊するべきかせざるべきか
クリアするべき最低限のラインは決まった。というか死霊が転移してくるのを防ぐために転移門を破壊して回ろうとしていた訳で、それは部外者が『天空都市』へと入り込まないようにすることと同義でもあるため、ある意味これまでとほとんど変わらないともいえる。
さて、問題はここからだ。目標を達成するためには、具体的に何をどうすればいいのか?これが決まらなくては『天空都市』で死霊たちの群れを相手に鬼ごっこをする羽目になってしまう。
まあ、決まったら決まったで、今度はスニーキングミッションをしなくちゃいけなくなるのだろうけれど。それでもやみくもに動き回ることに比べればはるかにマシだ。危険度も難易度も段違いに低くなるはず。
「主要な方針は二つかな。『天空都市』を保存するのか、それとも破壊するのか」
極論のようだけれど、結局はこの二つのどちらかに収束するだろう。
当然どちらか片方しか選べない。正直、どちらを選んだとしても後悔は残ると思う。
保存するとなると、危険人物が入り込まないように監視するなりしないといけなくなる。誰が?どうやって?と新しい問題を生み出すことにもなるだろう。
対して破壊した場合、謎に包まれた『大陸統一国家』の歴史や技術などが無に帰してしまい、永遠に分からなくなるかもしれない。
中枢の『空の玉座』に至っては周辺部に輪をかけたオーバーテクノロジーとロストテクノロジーの塊なのだ。もしかすると世界を一変させてしまうほどの大発見が眠っている可能性だってある。
「あ、スラットさんは少し黙っていてね」
「もちろんだとも。せめて選択は今の時代に生きる者たちがするべきだ」
そのぶん責任と、先に述べた後悔が付いて回ることになりますがね。
だけどこれはある意味どうしようもないことだ。物心つく以前からそう育てられたのでもなければ、流されるままに生きることも、誰かに判断を任せることも、決められた通りにだけ行動することですら自分で選択した結果となるのだから。
「後悔しない生き方なんてないの。後悔していないと思い込もうとしているだけよ」
信じられますか?この台詞を言ったのはボクと同じミドルティーンの女の子なのよ。中学校の卒業式直前のことだったかな。いやはや、悟り過ぎでしょう。さすがにこの時ばかりは里っちゃんの人生観だとかいろいろなものが心配になってしまったよ。
ちなみに、進学先が決まったのはいいけれど、仲の良い子がいなくなるため不安に駆られてつい愚痴ってしまった同級生に向けた一言となります。
彼女もまさかそんな重い言葉が返ってくるとは思ってもみなかったようで、ビックリして目が点になっていたよ。
さて、今回の『天空都市』の件は『OAW』というゲームの中の出来事とはいえ、世界全体に影響を及ぼしかねない重大事項だ。悩んで当たり前なのです。
「破壊する方に一票ですわね。三つの大国とも一枚岩とは言い難い状況でしたから、不埒な考えを持つ者が出てこないとは限らないですもの。それに、隣のヴァジュラのような不穏な動きをしているところもあります。残しておいては必ず禍根となりますわ」
「わたしは……、残しておくべきだと思います。魔法技術だけではなく、文化や人々の生活など当時の様々なものを知ることができるはずですから」
ミルファとネイトで意見が分かれたね。プレイヤーに決定を委ねるため?そういう野暮なことは言いっこなしですよ。
「ボクは破壊する方がいいと思う。確かに『大陸統一国家』は技術に文化にと今よりも進んだ時代だったとは思うよ。参考にできることも多くあると思う。でもね、それを素直に受け入れることができるだけの器が今の世界にあるかな?」
『水卿公国アキューエリオス』ではキューズにそそのかされたとはいえ二領の領主が国に対して弓を引くことになった。既に鎮圧は完了しているだろうけれど、人々が受けた衝撃は小さいものではなかったはずだ。
『土卿王国ジオグランド』は先のやらかしから『冒険者協会』に『七神教』という二つの超国家組織の介入を許すことになっている。国政にこそ口をはさむことはなくても、『空を征く船』の製造は厳しく監視されているので悲願の達成は難しいだろう。実質的には大きく力を削がれたと言える。
『火卿帝国フレイムタン』は内部での有力貴族同士の対立が続いている状態だ。多少は収束の兆しがあるとはいえ、再びまとまることができるようになるまで、まだまだ時間が必要になるだろう。
『風卿エリア』ではクンビーラなどの都市国家が栄えているが、未だに『三国戦争』の傷跡が癒えたとは言いづらい。それぞれが自国の管理で手一杯というのが実際のところだと思う。
まあ、『武闘都市ヴァジュラ』のように周りに妙なちょっかいを出しているところもあるけれどね。
と、このようにアンクゥワー大陸のどこの国にも余裕がほとんどないのが現状だ。中にはだからこそ飛びつく連中もいるだろうけれど、反対に自分たちよりも進んでいたとされるものを受け入れられない人もかなり多くいるのではないかな。
最悪の場合、受容派と否定派に二分して大きな争いになってしまうかもしれない。
「後はまあ、普通に『天空都市』の遺産を使って悪いことをやらかすおバカが出てきそうっていう不安かな」
こちらは確実にあるだろうねえ。なんなら当時の王の傍系を名乗る人だって出現しちゃうかもしれないよ。さすがにお空の盗賊団だとか、目からレーザーなガーディアンロボは出てこないだろうけれど。
「……やはり、危険すぎるのでしょうか?」
「次の世代とか未来の子供たちに残してあげたいという気持ちは理解できるよ。だけどさ、あんまり期待し過ぎるのも良くないと思うんだよ」
自分たちにできなかったことを次代に託す。言葉にすると素敵だけれど、これには負債的な側面もついて回る訳で……。そんなもの実際に託される側からすればたまったものじゃないよね。
「……分かりました。破壊する方向で進めましょう」
「うん。悔しいけど今の世界もボクたちもきっとこれが限界だから」
それこそ『天空都市』を使ってボクたちが新しい大陸の覇者になる!ならば残しておけるだろうが、大陸の覇者をやっていける自信は全くないですので。
「んー……。とはいえ、全部を破壊する必要もないのか」