865 意外なところで手に入る?
しばらくすると気持ちが落ち着いたのか、英さんは深々と頭を下げてきた。
「ありがとう。間接的ではあるが元の世界について知ることができたよ」
「いえ。こちらこそ何一つはっきりしないことばかりなので、余計に混乱させちゃったかなと……」
「それはまあ、仕方がないことさ。異世界帰りの人間に出会うなんてことはまずないだろうからな」
英さんはそう言って苦笑する。多分、ボクに心配をかけさせまいと無理をしているのだろうなあ……。
「それにしてもよく話してくれる気になったな。君の話の通りなら俺はそのゲーム、つまりは物語の登場人物のようなものなのだろう?かなり危険を伴う話題だろうに」
「正直、今でも英さんがそういう特殊な背景設定を持ったキャラクターなんじゃないかとも思ってます」
ちなみに、普通のNPCたちを相手に「お前はゲームのAIだ!」と言えば、普通に頭のおかしい狂人扱いされることになります。普通に牢屋にぶち込まれることもあれば、普通にゲームオーバー扱いとなることもあるよ。
さらに余談だけれど、この世界は偽りで檻となっている世界を破壊して人々を開放する、といった極端なシナリオでプレイしているプレイヤーも何人かいるらしいです。運営もよくそんなお話を準備していたものだわ……。
「なるほど。それだと俺はどこかに居るオリジナルをコピーした存在かもしれないな」
「……考え始めるときりがないですね」
「ああ。頭がおかしくなりそうだし、この話はここまでとしよう」
彼の話が真実なのだと証明できない以上、ボクたちではどれが正解なのかは分かりはしないのだ。
そこからはある種、当たり障りのない話に終始することになった。
「……という訳であっちの世界にも昔の日本みたいな国もあったし、自動翻訳のスキルのおかげで極端に食べ物に苦労するようなことはなかったな」
「そういう言い方をするってことは、小さな苦労はあったってことですか?」
「ああ。味噌や醤油、米を始めとした和食の材料は珍しくて高価だったから、手に入れるだけでも一苦労だったよ。後、味付けとかも大雑把なことが多かったな。そもそも庶民の間には調味料の類がほとんど出回っていなかったし」
このゲームのプレイ開始直後のような状況だわね。
「あの時ほどもっと料理を作れるようになっておけばと思うことはなかったな」
ひょいと肩をすくめながら言う。うん。冗談じみた物言いだからこそかえって本音だったのだろうと感じてしまうね。
後はまあ、育成や醸造の環境によって味は変わってくるし、記憶の中の物事はとかく美化されがちだ。そういうことの積み重ねで、似たようなものは作れても微妙にコレジャナイ感が出てしまったのではないかしら。
「ところで英さん、つかぬ事をお伺いしますが……。お米、あるの?」
「あるよ。というか田んぼで作ってる」
「たんぼ!?」
なんでもこの空間は多層式になっているとかで、その中の一つを田んぼにして稲を育てているのだとか。
「あれ?どうしてわざわざそんな面倒なことを?普通にこの周りに田んぼを作れば良かったのでは?」
「ここを整備してくれたあっちの世界の神様たちが言うには、あまり広い土地を占有すると異界化してしまうんだと。このあたりの理屈は俺も理解できていないから、そういうものだと思ってくれ。……ああ、そうか。これも神様たちが何かしてくれたのかと思っていたんだが、やたらと作物の育ちが良いとか虫とか病気の害がないと思っていたんだが、ゲームの世界だからなのか」
育成期間の短縮はともかく、虫や病気の害が起きていないのは想像通り神様の協力があったのだと思う。普段はリアルと違って益虫害虫問わず存在していないし、病気にかかるようなこともないのだけれど、いざ植物や動物を育てようとすると、それらが原因で失敗することがあるからだ。
前者は農家や薬師のプレイヤーが、後者は酪農や畜産のプレイヤーが掲示板で――しかも複数人が――嘆いていたので間違いないです。
「ほう……。そんな遊び方もあるのか」
「リアルでも畑を借りてあれこれ作ったりだとか、田植えや稲刈りなどの農業体験に参加したりする人は結構いますからね。ある意味その延長みたいなものかな。逆にリアルでは難しい人里から離れてスローライフをゲームの中で満喫してる人たちもいますよ。」
ライフラインを一から整備するのは金銭的にも時間的にも体力的にも大変だし、現代社会の便利さに慣れてしまうとそれらがない生活は難しい。ほら、一日か二日程度ならキャンプ生活も楽しいけれど、長期間やれと言われると辛いものがあるよね。
だけどゲームの中であれば設定次第で汚れや汗、疲労を気にしなくてもよくなる。不便さはあっても不快さは激減されるから、無理なく楽しめるという訳だ。
「っと、話がそれちゃいましたね。実はこの世界というか大陸では、まだお米が見つかっていないんです」
「そうなのかい?」
「ええ。さっきも話したプレイヤーが集まる『異次元都市メイション』では食べることができるので、データ的には存在しているみたいなんですけど」
メイションでならいくらでも食べられるとはいえ、できるなら本編ワールドでも食べてみたいし、みんなにも食べさせてあげたい。
「あの、物は相談なんですけど、お米を分けてもらうことってできませんかね?」
「見返りは何かな?」
ニヤリと元勇者様とは思えない悪いお顔をする英さんです。
「カツ丼に牛丼をお味噌汁付きでいかがでしょうか?」
「うーん……」
「ご不満ですか?」
「いや、悪くはないんだができればもう一声!」
「大盤振る舞いでカレーライスもつけちゃいましょう!」
「のった!」
ガシッと固い握手を交わすボクたち。
「カレー!?カレーですの!?」
「しかも何やら新しい料理のようですよ」
「うわあっ!?」
「んなっ!?気配も感じさせずにここまで接近してきただと……!」
そしてカレーという言葉を聞きつけた中毒者たちが、いつの間にかすぐ近くにまで帰って来ていた。この子たち、割と本気でカレー抜きをする必要があるのではないかしらん……。
ともあれ、交渉の第一弾は成功だ。そして継続的に融通してもらえるように、頑張って美味しいご飯を作りましょうか!
あ、台所か炊事場を貸してもらえます?
ぶっちゃけてしまいますと、英さんはれっきとしたNPCです。GMコールができないのも最初だけで、ログアウト後などに問い合わせれば普通に回答してくれます。
どうしてこんな勿体ぶったことをしているのかというと、プレイヤーのNPCに対する反応や対応を見るためです。
アウラロウラ談
「中にはNPCだからと横柄な態度にでてコミュニケーションが上手くいかず、それなのにゲームが悪いと文句を言うようなイタイ人もいますので……」




