855 直感を頼りに
一日遅れですが、あけましておめでとうございます。
今年最初の更新です。
相方を倒されてブチ切れた番のレッサーヒュドラの片割れの猛攻撃に耐えながら、追い詰められた状況をひっくり返すための方法を考える。
視界の端で丸太のような尻尾にエッ君が弾き飛ばされたのが見えたが、シュタッと華麗に着地していたから問題はなさそうだ。もしかすると敵の攻撃を利用して距離を取る作戦だったのかもしれない。
突撃小僧なエッ君だけど、実は結構色々と考えて行動していたりするのよね。……まあ、殺られるより先に殺る!的な短絡思考でとりあえず攻撃に走ることが多いことも確かだけれど。
その手前ではミルファとリーヴが大きな口で食らいつこうとしてくる複数の大蛇の頭部に苦戦を強いられていた。特にミルファは両手の武器で相手の攻撃を受け流すとスタイルで、いわゆる回避盾に近い。そのため失敗してしまうと攻撃をもろに受けてしまい大ダメージとなる。
こうした点から精神的な疲労が大きくなり、徐々にではあるけれど動きに精彩を欠き始めていた。
まだ辛うじて維持できているけれど、このままでは誰か一人でも限界となった時点で戦線が崩壊してそのまま蹂躙されてしまうだろう。そして、その時は残念ながらそう遠くはない。
「何とかこの盤面をひっくり返せるような情報はないものかしら?」
龍爪剣斧で横っ面をひっ叩くようにしながら、彼我の位置を微妙にずらすことでガブリの直撃を避ける。牙からはいかにも健康に悪そうな紫色の毒々しい液体が滴っていた。
あ、毒液に関しては演出なので、今のところは牙に接触しない限り状態異常にはならないよ。
とはいえ、これが厄介であることに違いはない。新装備でも完全に毒を防ぐことはできないため、状態異常を警戒して回避の動きが大きくなってしまっていたのだ。
「やっぱり、これを何とかしないことにはろくに反撃もできないよね……」
解毒薬をぶつけてやれば自動回復能力も含めて弱体化できることは判明しているが、狂暴化して攻撃力が上がっている今のレッサーヒュドラに対抗するにはそれだけでは力不足だ。もう一つ重ねて弱体化させられるものが欲しいところ。
「解毒だけじゃだめなら、逆に他の毒を与えてみるとか?毒を以て毒を制すとかできるのかしらん?」
正直なところ、この方向性で正解なのかどうかすら分からない。が、それ以上の案が浮かんできそうにもないことも事実だった。賭けにはなってしまうが、この流れで対策を考えていくしかない。
ガン!と一際大きな音がして、リーヴと首の一つが激突していた。うっそ!盾でしっかり防御していたのにリーヴのHPゲージがいくらか削られているよ!?
ミニスネークが相手なら、状態異常でも発生しない限りは素の防御力を越えることすらできなかったのに……。
……おや?今何かとても重要なことに気が付いたような?リーヴの防御力が高い……、は前から知っていることだし、状態異常が厄介で困ったことなのは今さらの話だ。
消去法でいくとミニスネークが違和感の大本かな。
……もしかしてこれが攻略の鍵なのかしら?
例えば、ゲームシステム的には一言で毒と言い表しているけれど、レッサーヒュドラの毒とミニスネークの毒は別物扱いで、レッサーヒュドラにとっては命の危険を感じるものだったとすれば?
湿地帯の方が住み心地がいいということもあるのだろうが、ミニスネークがたくさん生息しているから森の外延部には侵出できていないのだとすれば、あの奇妙な住み分けに一応の説明はつく。
「てりゃっ!」
懲りずに正面からぶつかってくる多頭の一つに、今度は正面からぶつかるように龍爪剣斧を叩き付ける。あちらの方が大きくて力も強いから、当然のようにボクが後方へと弾き飛ばされることになったのだが、これは予定通り。
エッ君のように身軽にはできていないから、ゴロゴロと地面を転がって衝撃を逃がして最小限ダメージでレッサーヒュドラ本体から離れる。リアルでなら振動と衝撃と回転で酔ってしまったかもしれないが、『OAW』ではレベルも上がって身体系の能力値もアップしているのでちょっとふらつくくらいで立ち上がることができた。
この機会を逃すわけにはいかない。アイテムボックスをあさって目的の物を取り出す。
「あった!ミニスネークの毒液!」
小瓶の中の液体は黒く薄汚れた黄緑色と、これまた著しく健康を損ねそうな色合いだった。取り出したものを除くと残りは三つだ。
「チーミル!トレア!急いでこっちに来て!」
すかさず後方で様子をうかがっていた――手を出せなかっただけともいう――二人を呼び寄せる。
「チーミルはあっちからレッサーヒュドラの側面に回り込んで、ボクの合図で一緒にこれを投げて!トレアは中の液体をたっぷり塗り付けた矢を撃ち込んでみて!」
クロスファイアではないけれど、避けられないようにボクとチーミルで二方向から小瓶をぶつけようという作戦だ。トレアは一種の保険で、体表にかかるだけでは効果がなかった場合、毒を体内に撃ち込むという役割となる。
「それではミッションスタート!」
チーミルが移動するのを横目で見ながら、じんわりとゆっくりとした歩調でレッサーヒュドラへと近づいていく。苦戦している仲間たちを見ればすぐにでも助けに入りたいところなのだが、体力的にこれが最後のチャンスとなるのは一目瞭然だった。
確実に成功させるためにも、わざと時間をおいて気持ちを研ぎ澄ませていく。
「リュカリュカ!」
「……よし、今だよ!」
予定の場所へと辿り着いたチーミルからの声に、一拍間を開けてから投擲の合図を出す。
少しだけ弧を描くようにして飛んで行った二つの小瓶は、外れることなくレッサーヒュドラの巨体に命中したかと思えば、壊れて中身を張り付かせる。
当てることを重視で投げたから、本来は瓶が壊れるかどうか微妙な威力と速度だったはずなのだが、そこはまあ演出の一環ということで。
その後の展開は劇的だった。小瓶が割れて中身が触れた瞬間、レッサーヒュドラが大きく体をくねらせて苦しみだしたのだ。そこにトレアが放ったおかわりの毒矢が突き刺さったものだから、さあ大変。
すかさず〈鑑定〉してみれば、レッサーヒュドラのステータスに「弱体化 大」の文字が追加されていた。
「よっしゃ、大当たり!みんな、今が攻撃のチャンスだよ!」
ようやく訪れた反撃の機会に、仲間たちが沸き立ったのは言うまでもないでしょう。
本年もよろしくお願いします。