853 番の魔物再び
前方からきた個体と同じく、後方から迫っていた敵もまた予想通りレッサーヒュドラだった。
ただし、予想外だったことが一点。
「ここで『番』を出してくるとか、嫌がらせなのかな!?」
効果範囲に入ったので〈鑑定〉技能で調べてみたところ、難易度と危険度が大幅に上昇する番だと判明しましたよ、コンチクショー!
レベルこそ二十八とボクたちに比べると少し低いけれど、トータルで見てみればあちらの方が格上だという可能性は高い。〈鑑定〉せずに戦っていたら、思っていたように事が運ばず全滅してしまったかもしれない。
割と本気でえげつないトラップですよ!
以前『土卿王国ジオグランド』の山中で戦ったマーダーグリズリーの番も相当苦戦することになった覚えがある。出し惜しみをすることなく〈共闘〉でチーミルやリーネイたちを参戦させることにした少し前のボク、グッジョブ!
番の魔物は相方が倒されると狂暴化して強くなるという性質が追加されているので、同時に倒すのがベストではある。
だけど、実行できるかどうかは話は別なのよね。そこそこの大きさだった――それでもボクよりははるかに大きかったけれど――マーダーグリズリーの時ですらかなり苦戦していたのだ。いくら数の上ではこちらが有利とはいえ、大型の魔物を二体同時に相手取るとか絶対にシャレにならない難易度だと思う。
そうなるとやはり一番現実的な攻略法は、一体ずつ倒していくことだろう。怒りによる狂暴化、こういう時には行動パターンが追加されたり刷新されたりするのがゲームのセオリーらしいので、その点への不安はある。
しかし、レッサーヒュドラは元から複数の状態異常攻撃とHPの自動回復という厄介な能力を持っているのだ。普通に戦っていてはアイテム切れでジリ貧になってしまうことだってあり得る。
「まずは全員で前からくる個体をできるだけ叩くよ。その後後ろからのやつが近づいてきたらチーミルとリーネイとアコで足止めと時間稼ぎをお願い。」
今回は当然アコにも先頭に参加してもらうのだけれど、残念ながらあの子の迷宮の最大戦力であるイフリートは属性の相性が悪い――レッサーヒュドラは水属性なので、イフリートはの火属性の弱点に当たる――ため純粋な戦力で見ると目減りしていた。
それでもチーミルとリーネイのコンビと一緒に、もう一体が合流してくるのを防ぐことはできる。
むしろ残った面子でいかに早く片方のレッサーヒュドラを倒しきれるかが、この戦いの肝になる部分だと思う。
「責任重大だねえ」
「いつものことですわ!」
「それもそうか」
基本的に魔物との戦いはお互いの殲滅戦であり、敗北は即死亡そして全滅へと繋がっているためだ。
リセットすることそのものには忌避感はないけれど、仲間やうちの子たちが死ぬのは見たくないからね。せいぜい頑張らせてもらいますよ。
「ダッシュでの接近からの闘技、と見せかけて大盤振る舞いの解毒薬あたーっく!」
ぽぽいのぽいとアイテムボックスから解毒薬を取り出しては投げつけていく。弱点を突くのは当然です。まあ、正確には弱点とはちょっと違うようなのだけれどね。
それでも動きが遅くなるとか一度に自動回復できる量がダウンするといったマイナス効果は発揮されているのだから問題ないない。
解毒薬をぶつけるために足を止めたボクとは違い、ミルファにエッ君とリーヴの前線組はレッサーヒュドラの間近にまで迫っていた。それすなわち、攻撃の間合いに入ったということだ。
「出し惜しみは致しませんわよ。【マルチアタック】!」
ミルファの手にした二本の剣が縦横無尽に舞い踊る。四つ首のうち二つを同時に相手取った剣戟は互角どころか小さくない傷を無数に刻んでいた。
押され気味な様子に危機感を覚えたのか、さらなる首が投入されようとしたが、「ブシュル!?」とくぐもった音を残してその頭が後方へと弾き飛ばされた。鎖で繋がれた犬みたいだと思ったのはないしょです。
で、何が起きたのかというとエッ君の【流星脚】がクリティカルヒットしたのだ。MPを消費するけれど防御力無効という強烈な付加効果がある闘技だ。完全にミルファへと意識が集中していたから、これはかなりの痛撃を与えられたはず。
最後の首が本格的に慌て始めたがもう遅い。その前面にはうちのパーティーの守護者たるリーヴが配置についていた。噛みつき攻撃を堅い盾で迎撃されて「シギョッ!?」と小さく悲鳴を上げて動きを止めたところに、トレアの放った矢が突き刺さっていた。
その後もボク、チーミルとリーネイからも追撃を食らって、レッサーヒュドラの片割れはあっという間にHPを半減させていた。
このまま反撃を許さずに押し込んでしまいたいところだが、そうは問屋が卸してはくれなかった。後方から迫りくるもう一体が、ついにボクたちと接触しそうになったのだ。アコの代理のイフリートが体を張って突撃を受け止めてくれたものの、弱点属性のため想像以上の大ダメージを受けてしまった。
これを見たチーミルとリーネイが急いで援軍に向かったけれど、戦闘に参加させられる時間いっぱい保つかどうかといったところだろう。
それに引きずられるようにこちらにも不調の波が押し寄せる。まず、ミルファが動きに精彩を欠き始めた。【マルチアタック】での攻撃の後もその場から引かずに剣を振り続けたため、疲労がピークに達してしまったのだ。
次いでMP残量を気にせず攻撃力最優先で動いていたエッ君が燃費切れを起こしそうになった。出し惜しみはしないといったけど、さすがにそれはやり過ぎだよ……。
MP枯渇の状態異常が発生しなかったのは救いだね。そうなっていたら本当に戦場からリタイアする羽目になっていたかもしれない。後でお説教だわね。
人数の減少に攻撃頻度の低下が重なったことで、流れはレッサーヒュドラへと傾いてしまう。ここで「やらせはせんよ」と敵の攻撃をインターセプトできればカッコよかったのだろうが、残念ながら僕にもそこまでの技量はなく。
だけど一方的にやられたりはしてやらない。
「うぐっ!こん、のお!【ウィンドドリル】!」
ガブリと噛みつかれてしまったが、その分こちらもゼロ距離で魔法を撃ちやり返す。
それにしても相変わらずドリル系の魔法は絵面がえぐくなるなあ……。今だって空気の渦がゴリゴリと蛇の頭部をえぐっている。気の弱いプレイヤーならトラウマものだよ……。