851 限定商品
いざという時のための保険にと購入しておいた切り札アイテムを使用することにはなったが、強敵を無事に倒して有用なドロップアイテムもたくさん手に入れることができた。
さすがに経験値は入手できないように手が入っていたようだが、リターンは多くてウハウハな気分でボクたちは先へと進む。
しかし、ここで一点想定外の事態が発生した。
その日の冒険の終わり、一度ログアウトしたボクは『異次元都市メイション』へと向かうために再度ログインした。使用してしまった『なんでも貫通弾!』を補充するためだ。
明らかに格上だった長寿ウロコタイルを一撃で倒しきってしまったその威力と効果は切り札として相応しいものだ。ランダムイベントなどでいつまたとんでもない強敵に鉢合わせしてしまうのか分からない以上、できる限り対策はしておきたいところだ。
「あー、すまん。ほかならぬ『テイマーちゃん』の頼みだから売ってやりたいところなんだが、同じプレイヤーには月一個だけしか販売しないって決めてるんだ」
「な、なんだってー!」
製作者のプレイヤーさんのマイルールとして、そういう取り決めをしていたらしい。何でも買占めを防ぐためのようで、アイテムの備考欄にもそのことは記載されていた。あうち。見落としてしまっていたボクのミスですな。
裏の理由として、運営から販売禁止処分を受けないようにするためでもあるように思う。あの威力だからねえ。さすがにブラックドラゴンまでは倒せないかもしれないが、大半の魔物であれば倒すことが可能なのではないかしらん。
もしかするとイベントで登場するボス級の魔物ですらやっつけてしまえるかもしれない。そうなるとゲームバランスが崩壊してしまうことになる訳で、購入個数制限は妥当な判断だと言えそうだ。
このようにとっても仕方がないかつ納得のできる理由だったのだが、いざという時の切り札がないとなると道中の危険度は爆上がりとなってしまう。
一瞬、アイテムを使わずにやり直しをした方がよかったかも、という考えが頭をよぎる。が、あの時は既に戦闘モードに移行していたので、全滅して死に戻りをしないとしリセットはできなくなっていたのだよね……。
そもそも、全滅しないための策の一つとして『なんでも貫通弾!』を購入していた訳で、それの使用をケチって全滅するだなんて元も子もないという話になる。
結局のところ長寿ウロコタイルと遭遇してしまった時点で、その先の展開は決まってしまっていたのだろう。
いつも通りに戻っただけ?……ふ。そんな正論は聞きたくありませんね。
と、冗談はともかく改めて気を引きしめておかないとなあ。ミニスネークにウォータースライムと奇襲に特化したような魔物もいるのだ。
気が付けば詰んでいた、なんてことにならないように注意しなければ。
なお、「魔除けのお香で安全にキャンプできるだけでもすごい」ということらしく、パーティーの仲間たちは特に気にはしていなかった。
「ないよりはある方が安心できますけれど、それに頼りきりになってしまうようでは森を越えるなど到底不可能だというものですわ」
まあ、エンカウントする確率は低く設定してあるだろうけれど、長寿ウロコタイルは決して特別な魔物という訳ではない。ボスではないから森を越えるために倒さなくてはいけない訳でもないし、〈警戒〉技能などで早期発見もできれば、状況次第ではちゃんと逃げることだってできる。
つまりは戦闘するしかなくなっていた先日のボクたちの方が異常で珍しい事態だったのだ。
「異次元都市という珍しい場所で装備の修繕と新調をして、さらには貴重で便利なアイテムを確保できていたことで、知らず知らずのうちに緊張がゆるんでいたのかもしれません」
なんとも耳が痛い話だ。だけど思い返してみれば、新装備に浮かれて気が大きくなっていた部分はあったようにも思える。
リアルでも新しい服を着たり、小物を使い始めたりすると気分が高揚することがあるでしょう。多分、そういう精神状態になっていたのだと思うのですよ。
これが先日までの森になれる訓練中であったなら、トライ村へと帰還するという選択肢があるので問題なかったのかもしれない。けれどボクたちはもうその先へと踏み出してしまっていた。誰かに頼ることはできず、すべて自分たちの責任でやっていかなくてはいけないのだ。
さて、反省点や注意点が分かったところで頭を切り替えようか。失敗をすることなくそれらを知ることができたのは決して悪いことではなかったはずだ。なにより、今は魔物が出現する森の中だ、落ち込んでいてはそれこそ魔物出現の予兆を見逃してしまう。
視界隅にあるミニマップで歩ける場所を確認しては〈警戒〉技能を密に使用、さらに目視での確認も行っていくよ。おのぼりさん、もしくは不審者の集団のようにせわしなくキョロキョロしながら進んでいくボクたちなのでした。。
だけど、それだけしっかり用心していても先頭になってしまうことはある。ゲームだからね。たまたま運悪くすぐそばに魔物が出現することもあるのですよ。
「敵はウォータースライムが全部で三体。右は水の中が二、左前方の木の裏に一。どれもレベルは高くないからネイトはMPを温存して、ミルファとボクで倒すよ。右の二体はボクが叩くから、ミルファは左のをお願い」
「了解ですわ!……【ライトボール】!」
障害物の陰から姿を現したところを魔法で打ち抜かれて、でろりんととろけるウォータースライムその三。出オチ感が半端ないですね。ボクの方も【ウィンドニードル】で逃げる隙を与えずに戦闘終了となった。
その後もウロコタイルにミニスネークとまたもやウォータースライム、レッサーヒュドラと回避不可能な相手を蹴散らしていった。
「うーん……。長寿ウロコタイルっていう大物と出会っちゃったからなのか、普通の魔物が全然怖くないんだけど……」
決して油断している訳ではないのよ。それこそ魔物の位置や動きは目を皿のようにして見張り続けている。
「リュカリュカが何を言いたいのか、なんとなくですが分かりますわ。ウロコタイルにせよレッサーヒュドラにせよ、危険であることは間違いないのですが、その割に負ける気がいたしませんもの」
「言われてみれば、勝てないかもしれないとか負けてしまうかも、とは思わなくなりましたね」
おや?二人とも同じ意見みたい。彼女たちだけでなく、何とうちの子たちもそうだった。
ちょっとどころではない格上の相手と事を構えたせいで、危険の基準が上がってしまったのかしらん?