848 パラレルワールドのあなた(雑談回)
リアルでは新年度のスタートからおよそ一カ月ほどが経過し、春の行楽シーズンいわゆるゴールデンウィークを迎えていた。が、プレイヤーたちの大半にとってはさほど関係のないことで、本日もいつもと同じように『異次元都市メイション』では多数のプレイヤーたちが買い物に食い倒れにお喋りに興じていた。
中でも人気なのがグルメで、最近本編のアップデートにより搭載された質の高い採取品の登場により、これまでも普通に美味かった料理が一段上の味わいとなっていたのだ。
しかもVRなので健康や体重に気を遣うことなくいくらでも食べられるとあって、『食道楽』の通称が付けられた東の大通りに軒を連ねる食堂や酒場は連日の大賑わいとなっていた。
そんな店の一つである『休肝日』には、人には言えない秘密があった。
オーナーであるフローレンス・T・オトロがゲーム内屈指の情報通である『情報屋』で、そんな彼女が情報を集めるために毎日のように給仕NPCのフローラにふんして自身の店の中をくるくると動き回っていることだ。
美味い飯と酒は人の口を軽くする。今日もまた、聞き耳を立てている者がいることに気が付かないまま、多くのプレイヤーたちがたくさんの情報を漏らしていく。
「はあ。カレー美味いなあ。さすがはオウチ食品」
「わざわざこっちに来てまで食べるのがそれなの?専門店やオリジナルスパイスの物でもあるまいし、市販品のカレーなんてリアルでも簡単に作れるでしょうに」
「はっはっは。甘いな!その市販品のカレールーを使ってすらうまく作れないのが俺だ!男の一人暮らしなめんな!」
「言っておくけど、こいつが特別ダメなだけだからな。俺自身もそうだし知り合いにも一人暮らしをしてる男連中は多いけど、カレーすらまともに作れないほど料理下手な家事不適格者はこいつくらいなもんだから」
「うちの知り合いにはカレー作りにはまってる男の人がいるよー」
「あー、男の人ってカレーとかバーベキューとかにはまる人が一定数いるわよねえ」
「その人によるとどこまで突き詰めても先があるのが楽しいんだってー」
「ちょっとしたスパイスの配合の違いだけで、全然違った味になるらしいな。まあ、一般人だとかなり舌が敏感な人でないと分からない違いだ、なんて冗談みたいな話もあったりするけど」
「俺はなんだかんだ言っても結局は家庭のカレーが一番だけどなあ」
「食べ慣れてる味だから落ち着くんでしょうね」
「あとは食事時の雰囲気だろうな。あんまり家族との仲が良くなかったやつから聞いたことがあるんだが、実家の食べる料理よりも買い食いしてた近所の肉屋のコロッケの味が懐かしくなるんだと」
「そういうのは大事だよねー。あと、うちは家族仲がいい方だと思うけど、近所の総菜屋さんの味が懐かしいっているのもよく分かるよー。あー、ポテサラ食べたくなってきたー」
「いいわね。あ、フローラちゃん!ポテサラサンドを二つ……、いえ、四つちょうだい」
「ついでにコロッケの盛り合わせを大皿で一つ頼むよ」
「はーい。ポテサラサンドを四つにコロッケ盛り合わせの大がお一つですね。すぐに準備しますので少々お待ちください」
好調な売り上げに思わず満面の笑みを浮かべてしまうフローレンスなのだった。
そして、別の席では異なる話題が酒の肴となっていた。
「そういえばこの前自分のワールドでネイトって子を見かけたんだが、あれって『テイマーちゃん』のパーティーメンバーのあの子なのか?」
「白髪とか銀髪のイケメンたちと一緒に居たんだったら本人だぞ。同じ村の出身の幼馴染連中で『白狼の誉れ』っていうパーティーを組んでる。まあ、プレイヤーが違うからいわゆるパラレルワールド上の同一人物ってことになるけどな」
「言われてみればちょっと離れたところにイケメン四人組がいたな。機動力重視の軽戦士っぽいのが三人としーふっぽいのだった」
「残念。それ四人目も軽戦士だから。〈格闘〉技能持ちで鉤付き手甲が武器だってよ」
「鉤付き手甲とか漫画家アニメのキャラかよ……」
「言いたいことは分かるが、パーティーの中でも一番のアタッカーだぞ」
「マジか」
「マジだ。逆に被弾率も一番らしい。もっとも残る三人もけがは多いって話だけどな」
「そこはきちんと避けろよ。機動力重視とはいったい……。それも問題だけど接近戦が得意なやつらばっかりとかパーティーのバランス悪くないか?」
「悪いぞ。攻撃魔法も使えて、ネイトが回復と強化の魔法でフォローしてるからなんとかやっていけてるってとこだな。だけど男四人はそのことに気が付いていないっていう」
「は?なんだそりゃ。もう遅い系で現実が見えていない追放する側のキャラどもか」
「実際にその展開になった人もいるらしいぞ。プレイヤーのパーティーメンバーに空きがある状態だと、『白狼の誉れ』からネイトの追放イベントが発生することがあるんだと。で、彼女をパーティーに加えていくつか依頼を達成していくと、イケメンどもは反対にやらかしていてネイトを再び自分たちのパーティーに参加させようと接触してくるそうだ」
「やべーほどにベタな展開だな。で、彼女の選択はいかに?」
「そこはプレイヤーや他のパーティーメンバーとの関係によって変化するらしい。しっかり信頼関係を築けていればそのまま残ることになって、逆に対して仲良くなっていない場合は『白狼の誉れ』にもどってしまうみたいだぞ」
「マジか!?冷遇されてたのに戻る展開もあるんか?」
「NPCを仲間じゃなく下僕とか道具みたいに扱っているとそうなるらしい。ひどいとネイト以外のパーティーメンバーまでいなくなったり、逆にプレイヤーが追放されるなんてこともあるそうだ」
「マジか!?もしかしてこれってAI制御のNPCもこの世界では一個人として生きている、っていう運営からの密かな警告なんじゃないのか」
「警告か……。確かにそういうふうにも解釈できるな」
「だろう。ゲームだということを忘れてしまうのもまずいが、当たり前のマナーとかルールは守らなくちゃいけないってことなのかもな。……それにしても『テイマーちゃん』のところのネイトはどうして一人で行動していたんだろうな?」
「さあな。まあ、『テイマーちゃん』だし、どこかで本人も知らない間にフラグをたててたんだろ」
理由になっていない説明だが、なぜだかとても納得できてしまうフローレンスなのだった。