838 採取勝負二日目 その2
足場がしっかりした広場のようになった場所で待つことしばし、逃亡していたパーティーを追いかけていた魔物たちが接近してきた。
「三体とも水の中を進んできています!二体は道の右側、一体が左側です!」
ネイトの報告を受けて目を凝らしてみれば、怪しく揺らめいている水面のところに鼻先なのか少しだけ影が見えた。
「〈鑑定〉、〈鑑定〉。そっちのも〈鑑定〉!」
接敵するまでほんのわずかな時間だけれど、それでも相手が何者なのかが分かっていた方がいいに決まっている。技能を使って魔物の正体を見破ってみると……。
「右の二体はウォータースライムで左のは……、レッサーヒュドラだよ!」
よりにもよって一番面倒なやつが出てきてしまった。しかも二十七レベルとボクたちパーティーの平均レベルに迫る高さだ。残りが低レベル――十八と十六だった――のウォータースライムだったことが救いかしらね。
彼らのレベルがいくつなのかは知らないけれど、いくら何でもスライム相手にボコボコにされたとは考え難い。レッサーヒュドラとの対戦中に範囲攻撃に巻き込むなどしてヘイトを稼いでしまったのではないかな。
そしてウォータースライムの参戦がきっかけとなって戦線が崩壊、ここまで逃げてきたというところだろう。
「横から邪魔をされたりしたら厄介だから、まずは敵の数を減らすよ!エッ君とリーヴでレッサーヒュドラが突っ込んでくるのを食い止めて。トレアは後方から二人の援護をよろしくね。ダメージを与えるよりも向こうの動きを妨害することを主軸にお願い」
正直うちの子たちだけでは荷が重い相手だろうが、しばらくの時間稼ぎであればこなしてくれるはずだ。
「ネイトとミルファはニードル系の魔法を準備して。ウォータースライムが陸に上がってきたらレッサーヒュドラも巻き込みながら一気に魔法でせん滅するからそのつもりで!」
もちろんボクもこちらに参加だ。同じ魔法攻撃のターゲットにするとしても、多頭蛇くんには多少のダメージを与えられれば御の字だろうけれどね。それも自動回復の能力があるから、結局は意味のないものになってしまう可能性すらある。
いかに短時間で強力な攻撃を連続で叩き込むことができるのかが、勝敗の分かれ目となるだろう。
最初に水から上がってきたのはレッサーヒュドラだった。長い、そして太い。持ち上げられた鎌首はトレアの頭を超えるほどだし、一番太い部分などはボクの腰回りより太そうだ。胴の途中から分裂した頭は四つ。最弱が三つ首だから、その点でも単純に強いと言える。
そんな見るからに強敵に対峙しても、うちの子たちの戦意が萎えることはなかった。エッ君とリーヴは果敢に立ち向かっていっているし、トレアは怪しげな動きをし始めた頭の一つに見事矢を突き立てていた。
とりあえずは大丈夫そうだね。そうとなればボクたちは予定通り、初手の魔法攻撃で二体のウォータースライムをせん滅しなくては!
水から上がってきたところで撃ち込みたくなるが、レッサーヒュドラが範囲に入るまで我慢がまん。
「カウントダウン始めるよ!十、九、八……」
実はこれ、魔法の発動タイミングを合わせるためでもあるのだが、多頭蛇を相手にしているエッ君たちに知らせることが一番の理由だったりします。味方撃ち、フレンドリーファイアをしてもダメージはないけれど、一瞬動きが悪くなるなどのマイナス要素があるのだ。何より絵面がよろしくない。
魔法発動時に敵を範囲内にくぎ付けにしつつ、うちの子たちを華麗に退避させるためにカウントダウンは必須だったという訳だ。
そのかいもあって、ボクたち三人の魔法は見事に出現したすべての魔物に命中させることができたのだった。
特にウォータースライムの方は……、いやあ、MPの過剰積み込みなどの強化はしていなかったのに、魔法三発分は大盤振る舞いのし過ぎだったようで、あっさりと消滅してしまったのだった。
ネイトの土属性の魔法が弱点だったことが大きかったみたいね。
ちなみに、ボクが使用したのは風属性で、ミルファが使用したのが雷属性だった。どちらも水属性のウォータースライムには等倍のダメージとなります。
とはいえ、これで楽勝ムードになったりはしない。高レベルのレッサーヒュドラなどという大物がいる以上、スライムの一匹や二匹なんて前座の肩慣らしにすぎないからだ。
だけど、幸運なこともあった。レッサーヒュドラもまた水属性だったため、思っていた以上のダメージを与えることができていたのだ。
「シャギィヤアアアアア!!」
まあ、その分早々に怒り状態になってしまったようだけれど……。いやはや、日進月歩の技術開発で様々なアップデートが行われているのは良いことなのだろうが、バトルジャンキーではない身としては魔物の動きまでリアル寄りになっていくのはすごい反面、ちょっと勘弁してほしいとも思ってしまう訳でして。
以前であれば、行動の変化や攻撃方法の変化はHPを特定の割合まで削った時くらいのものだったのだけれどねえ。最近は感情のパラメータまで取り付けられたらしく、行動パターンが多様化しているのだった。
現段階で最もヘイトが高くなっているのは魔法で大ダメージを与えたネイトだろう。ただし彼女は後衛のためレッサーヒュドラからすれば距離が離れている。身体の大きさを利用して無理矢理な突撃も考えられないでもないが、怒り状態とはいえ我を忘れているような様子ではないから、比較的ヘイトが高くて攻撃しやすい近場に居る相手をターゲットに取る確率が高いのではないかな。
多頭を活かして複数回連続して攻撃されるとなると、身軽なエッ君でも堅牢なリーヴでも無傷とはいかないだろう。もちろんボクたちでも同じだ。
ならばこちらの取るべき対策は連携を取らせないように分断することだ。
「リーヴにエッ君とミルファ、ボクの四人で頭を一つづつ担当するよ。外側に陣取る二人は尻尾の攻撃にも気を付けて!ネイトは引き続き土属性の魔法で攻撃。その分トレアがみんなのサポートをお願い!」
右からミルファ、ボク、エッ君、リーヴの順に並ぶ。防御も特異な二人を外側に配置する形となった。だからといってボクとエッ君が楽をできる訳ではない。
変則的ながらも一対一となり目の前の相手に集中できる状況になったからには、率先してダメージディーラになることが求められているということなのだから。




