832 イベントは止まらない
地域歴史資料館で付近の森に出現する魔物のお勉強をしたボクたちは、その足でトライ村の冒険者協会支部を訪ねていた。
「ふーん。やっぱり一番多いのはスパイス系の採取依頼みたいだね」
「そこにウロコタイルの皮やレッサーヒュドラの毒袋といった討伐が必要な魔物由来の品の納品依頼が続いているようです」
「逆に単純な討伐依頼はほぼありませんわね。それだけ有用な部分を持つ魔物が多いということなのかしら?」
ボクたちの最終目標は森を越えて『大霊山』のふもとへと辿り着くことだけれど、必ずしも一度の挑戦でクリアする必要はない。
巨木が立ち並ぶ原生林な上に足元は湿地帯というとてつもなく厄介な場所だ。加えて毒や麻痺といった状態異常持ちやの魔物やとてつもなく頑丈な表皮の魔物など一筋縄ではいかない連中が生息しているという。
何度かクエストをクリアしながら、この独特な環境に慣れるべきだと判断したのだった。
そんな訳で、現在ボクたちは絶賛依頼を吟味中なのです。
「あら?こちらの依頼は推奨レベルの割に報酬が良さそうですわよ」
「どれどれ……、ってこれ森の中腹まで行かなくちゃいけないじゃないのさ!?初回なんだから浅いところでクリアできる依頼じゃないと危険すぎるってば!」
ミルファが見ていた依頼は、推奨レベル自体は十五とボクたちの半分ほどでしかなかったのだが、いかんせん森の中ほどまで進む必要があった。現代と違って地図はすべて大雑把なものとなるので、土地勘が全くないことを考慮すると決して楽なものだとは言い難いのだ。
「ほほう。その依頼に気が付くとはなかなか目端が利くようだな」
そんなボクたちのことを面白そうに見ている中年の男性が一人。おっふ……。どうやらこれはただの依頼というだけでなく、イベントの発生ポイントでもあったもようです。
「しかも足りない部分があると思えばすぐに取り止める判断ができるってのは若いやつらの中にはそうはいねえ。お嬢さんがた、一体どこから来なすった?」
さて、どう答えたものかな?おじさんが座っている場所がカウンターの向こう側であれば、十中八九職員だから迷わず即答できたのだけれどねえ。あいにくと彼が座っていたのはカウンターよりもこちら側だった。
冒険者協会という場所柄冒険者が圧倒的多数を占めるとはいえ、依頼者が訪れることだってある。何より『冒険者協会』には、建前上はどこの誰でも出入りできるということになっているのです。
要するに、現段階においておじさんは突然声をかけてきた見知らぬ怪しい人、ということになってしまうのだ。
これ、リアルだと事案よね。本人たちは元より周囲からも冷ややかな目で見られること間違いなしだろう。最悪いきなり通報もあり得るかもしれない。
リアルの世知辛さはともかくとして、本当にどうしたものかしら。
もしも酒瓶を持っていたり赤ら顔になっていたならば無視一択だったのだけれどね。幸か不幸かおじさんは酒に酔っている様子などもなく、むしろ先の言葉の通り理知的な雰囲気を身にまとっていた。
とりあえず、様子見といきましょうか。
「知らない人とお話ししちゃいけないってママから言われてるの」
わざとらしく冗談めかした口調にすることで当たりを柔らかにしつつ、「名乗りもせずに素性を尋ねるのは失礼でしょ」とけん制してみると……。
「うん?……ウワッハッハッハ!そりゃそうだ。俺みたいな怪しい人間に初対面でぺらぺらと自分のことを話すようなやつはいねえやなあ!」
お、おおう……。予想以上にウケていらっしゃる……。というか、怪しい風貌だという自覚はあったのだね。
「改めて自己紹介をさせてくれや。俺の名前はガレラス。この村の『商業組合』、その香辛料採取の担当官よ。一応、幹部の一人ということになるぜ」
『商業組合』?その幹部?……見えない。ボッターさんのように街の外に行商に出る人たちはそれなりに鍛えていてがっしりとした体つきの人も多いのだけれど、彼の体格はそれをはるかに越えている。どちらかと言えば冒険者協会の関係者と言われた方がしっくりくるくらいだ。
「そうは見えねえかい?なんだったら、そこの職員たちに聞いても構わんぞ」
くい、と顎で示された方へと視線を向ければ、カウンターを隔てて「こちらを巻き込むな」と言わんばかりの顔になっている協会の職員さんたちがいた。
「……本当ですよ。その人はトライ村『商業組合』の幹部の一人です」
そのままじっと見続けていると、根負けしたのか一人のお姉さんが答えてくれた。
「冷たいねえ。これでも一番の大口依頼主なんだがなあ」
「そのことは理解していますし感謝もしていますけど、ガレラスさんは冒険者の人たちといさかいを起こし過ぎです!」
「質の悪い物を納品されちゃあ文句も言いたくなるってもんだろう」
「こちらの規定では基準を満たしていましたよ!」
「それだってギリギリだったはずだぜ。しかも細かく言うならアウト寄りのな」
「それはその通りですけど……」
おや、教会のお姉さん側の旗色が悪くなってきたね。
「俺が現役の頃なら確実にはねられていた代物をもってこられちゃあ、苦言の一つも言いたくなるってもんだ」
「『香辛料採取の達人』とまで言われていたあなたと一緒にしないでくださいよ。彼らはまだ森に入り始めてから一年足らずなんですから……」
なるほど。ガレラスさんは元冒険者だったのか。それならその体格にも納得だわ。それにしても達人ですか。そんな人と一緒にされたら確かにたまったものではないわね。
だけど協会の基準でもギリギリ、お情けで何とか許可してもらう程度の品質だったのは本人たちの責任の気がする。まあ、ボクたちには関係のない話だけれど。
「なあ、最近若手連中の力が落ちてはいねえかい?いくら人材を確保しておく必要があるとしても、甘やかして力量不足になっちまったら意味がねえぜ?」
「そんなことはありません!徐々にではありますが彼らもしっかりと力をつけてきています!そうなるように協会としてもバックアップを行っています!」
あらら。なんだかヒートアップしてきたような。
「そこまで言うなら一勝負といこうじゃないか。若手のやつらとここに居るお嬢さんたち、どっちが質のいい香辛料を採取できるかでな!」
ホワイ!?




