831 トライ村の地域歴史資料館
スクラップを大量増産して以降は、事件も事故も起きることなくボクたちは西街道の終着点となる『トライ村』へと到着することができていた。
名前で気が付いた人もいるかもしれないが、このトライ村は北街道と東街道の終着点でもあります。『三国戦争』以前は『大霊山』観光に多くの人が訪れていて、それこそ都市国家並みに栄えていたらしいのだが、東街道と北街道が実質通行不可な状態となっているため、すっかり寂れてしまったのだとか。
今では『大霊山』ふもとに広がる森林地帯に生っている香辛料の採取が一番の産業となっているらしい。どうせなら採取ばかりではなく育てればいいと思うよね?実は育てやすいものは全て近隣の村々が生産地となっているのだ。
トライ村がその昔一大観光地だったことは既に述べた通りだけれど、そこで消費される食材等々の供給源となっていたのが近隣の村々だったという訳。特に香辛料系は名物とされていて、育成方法は門外不出の企業秘密となっていたのね。
一方で観光客がたくさん訪れていた頃のトライ村は、その立場を利用して近隣の村々に対してかなり高圧的な態度を取ったり無理難題を押し付けたりしていたらしい。しかも放っておいても人とお金がやって来るためか、徐々に集客努力すらしなくなっていたのだとか。もしも戦争が起きなくても、いずれは寂れてしまっていた気がする……。
そんなこんなの地濃もあって、観光業が廃れてしまってからは周辺からはそっぽを向かれてしまうことになり、隙間産業的に育成が難しい品種や原種を森林地帯で採取してくるしかできなくなってしまったのだった。
もっとも、今日ではその冷え切った関係も無事に修復されているそうです。観光客の激減はトライ村も近隣の村々も平等に損害をもたらしたし、何より世代も移り変わっているしね。
「こうした過去を忘れずに伝え続けるため、そして私たちは共同体であるという表明のためにこの『地域歴史資料館』が作られたという訳なのですね」
そう言って締めくくったのは、『トライ村立地域歴史資料館』の職員兼案内役のお姉さんだった。なにゆえボクたちがそんな場所に居るのかと言いますと。
「この先の第二常設展示場では、森林地帯で採取できる香辛料類や生息している魔物について展示されています。料金はこちらの第一展示場閲覧分に含まれておりますので、そちらも併せてご覧ください」
にこやかな笑顔でお姉さんが告げた通りだったりします。ボクたちとしては第二展示場だけで良かったのだけれど、資料館側としては第一展示場が本命であるらしく、第二展示場だけを単独では閲覧できないシステムになっていたのよね。
知っておいて損はない情報とはいえ、冒険者が必要としている情報を上手く利用したちょっとずるい抱き合わせ商法だと言えるだろう。このあたりの集金の手際の良さは、腐っても元超有名観光地だっただけのことはあるということかしらね。
ちなみに、第二展示場に入らない場合は、その分だけ入り口で返金してくれるようになっている。
気を取り直して本命の展示を見に行きましょうか。色々あってパーイラでは情報を仕入れ損なってしまったからね。ここでしっかりと下準備をしておきたいところだ。
「うおい!ちょっとこれどうなってんのよ、責任者出てこい!」
一つ目から運営への突っ込みをする羽目になりました。だってそこに展示されていたものが『カレー粉の実Ver.オウチ食品』だったのだから!
香辛料がたくさん採れると聞いた時から「カレーになるスパイスもあったりして」と密かに期待をしてはいましたけれどさ。まさかそうくるとは思ってもみなかったよ。なお、他にも『カレー粉の実Ver.SP食品』とか『カレー粉の実Ver.クリゴ』などもあったもよう……。
後でホームページ等を調べてみたところ、これらには協賛各社のPRという面もあったらしい。医療系に並んで食品関係の企業は元々バーチャルリアリティの研究に肯定的で意欲的だった――いくら食べても太らないのって素敵だよね、ということ――らしいので、協賛及び味覚の再現が行われているのは一応納得できる話だった。
余談ですが、自分でシーズニングをして独自の味を追求したい人向けなのか、スパイス類はそれぞれ個別でも収穫できるようになっているらしい。
ただし全部「〇〇の実」で、収穫後は下処理なしで料理に使用できるというゲーム仕様だったけれど。ヘビやワニな魔物が出現する湿地帯だから収穫しやすいように、という運営のやさしさなのかもしれない。
「まあ、使用してもよし売ってもよしだから見つけたらできるだけ確保しておきたいところだね」
香辛料類はどれもこれも需要があるので、トライ村に持ち帰れば高値で買い取ってくれるとのこと。料理は趣味と言ってもかじる程度が精々だから、カレー粉の実は自分たち用に、その他の香辛料類は売却用ということになりそうだ。
あ、ジャガイモニンジンタマネギに加えて各種お肉も買い揃えておかないと。
「美味しいものが食べられるのであれば否やはありませんわ」
「今のところ、そちら方面でリュカリュカの指示が外れたことはありませんからね」
うちの子たちだけでなくミルファもネイトもすっかり口が肥えてしまっているからねえ。まあ、大半はボクの責任な訳ですが。もちろん反省も後悔もしていない。美味しいは正義なのだ。
出没する魔物に関しては、不意打ちや予想外のエンカウントに注意しろ、という記載が良く目についた。湿原地帯ということで意識が足元などに向かいやすいのかしら。ネイトと交代で頻繁に〈警戒〉技能を使わないといけないのかもしれない。
「頭上からいきなり落下してくるミニスネークなんてものまでいるなんて……」
「下調べにきておいて正解でしたわね。水辺に潜むレッサーヒュドラやウロコタイルにばかり気を取られて、ものの見事に急襲されるところでしたわ」
しかも厄介なことにこのミニスネーク、は麻痺の状態異常持ちときていた。まあ、その分HPや防御力は見た目相応にしかないので攻撃を当てることさえできれば簡単に倒すことはできるそうだ。
とはいえ、レッサーヒュドラ対策に毒消しは購入していたけれど、その反面麻痺対策はおざなりだったのよね。知らずに森へと突撃していたならば、サクッと死に戻りする羽目になっていた可能性が大ですわよ。
他にも危険がやばい魔物がいるかもしれない。安くない金額を支払っているのだ。ここでしっかりと下調べをしておきましょうか。