830 やるしかない
手持ちの範囲攻撃の効果がほとんどない以上、残る手札で何とか切り抜けるしかない。早々に作戦を切り替えたボクたちは近付いてきた個体から順次倒したり、少しでも進行速度を下げるために司令塔らしき個体をつぶしたりと各子撃破に努めていたのだった。
「こうなるともう、我慢比べだねえ」
最後の一体までキリングマシーンをせん滅しきるのが先か、それともボクたちが押し潰されてしまうのが先か、二つに一つというやつだ。一見すると現状は数において圧倒的に劣るこちらが不利のようであるが、一人ひとりの力量やチームワークといった質の部分では圧倒的に勝っているのだ。
いやはや、もう少し敵が弱ければ無双系のゲームのような爽快感あふれる戦いができたのかもしれないねえ。なお、押し切られる一歩手前のギリギリな状態だったりする訳でして、現実――ゲームだけれど――とはかくも厳しいものであります。
「文句を言っている暇があるなら、手を動かしてなさいな!」
「ミルファったら身も蓋もないなあ。まあ、泣き言を言ったところで状況が良くなるなんてことはないけどさ」
愚痴りあいながら二人並んで押し寄せてくるポンコツロボットたちをスクラップに変える作業を続けていく。こちら側の戦線は持ち直した一方で、ボクが抜けたことで他でさえ防御重視だったリーヴが完全に防戦一辺倒になってしまっていた。
そろそろあちらに戻っておかないと、反攻の糸口すら見つけられなくなってしまいそうだ。最悪は遊撃に出ているエッ君を呼び戻すという手もあるのだが、そうなるとますます防戦の流れが強まってしまう。
耐えて耐えて切り抜けるというのも一つの有効な策だとは思うのだけれど、実はこれ、言うは易し行うは難しというやつでして。
ひたすら受け身の状態が続くとなると、肉体的な疲労もさることながら精神的なプレッシャーが半端ないのですよ。エッ君が敵軍のど真ん中で暴れまわっては司令塔らしき個体を優先して攻撃していることには、キリングマシーンの進行速度を抑えるためだけではなく「こちらもやられてばかりではないぞ!」という想いの表明でもあった。
そうすることで防戦の精神的プレッシャーを軽くするという重要な役割も担っていたという訳だ。
「我慢の時とは言え、そろそろ潮目を変えていくべきかしら。チーミルとリーネイ!ボクはリーヴの方に戻るからこっちの穴は任せた!ミルファもいけるよね?」
「もちろんですわ。今度こそ耐えて見せますから後ろは気にする必要ありませんわよ!」
「それは頼もしい、ねえ!」
うかつにも周囲と動きを合わさず前進してきた個体をすくい上げるようにして転がしてその一帯の進行を遅らせたところで、指示に沿って後方から出てきた二人に場所を譲る。
「ネイトも回復は最小限で攻撃に回って。敵の数を減らすことを最優先で!」
「了解です!」
移動しながらこれからの方針を伝えておく。ゲームだからなのか、行動の指針的なものはプレイヤーであるボクが出す必要があるのだよねえ。もっとも、大まかなことさえ決めておけば後はそれぞれの判断で動いてくれるのだから、楽といえば楽なものではある。
「むしろこっちの方が大変かもしれないうっひゃう!?」
視界の外れでかすかに見えた飛来する矢を、紙一重というかむしろ髪一重?でかわす。そういえば片腕がクロスボウのようになっている個体もいたのだった。
リアルとは異なり息切れなどはないにしても、自分で自身の身体を動かしている――感覚になっている――ために動きの時々でどうしても死角ができたり急所をさらしてしまうことがあるのだ。
いやいや、いくらゲームの中とはいっても何の素養も資質も経験もない人間が周囲の状況全てを常時把握するなんてことはできませんから!見落としができてしまうのはある意味当たり前のことなのだ。
もっとも、だからといって諦めていてはゲームオーバー待ったなしの敗北一直線でしかない。
「なんとー!」
有効だと判断したのか、続けざまに飛んでくる矢を時に避けて時に手にした武器ではじく。才能がないなりに足搔くしかなく、そしてやってみれば案外何とかなるものだったりするのよね。
「かっ飛ばすよお。【スウィング】!」
押されっぱなしなのは危険だ。多少の無茶をしても流れを変える必要がある。堅実な守りで戦線を維持し続けているリーヴの前に飛び出して、龍爪剣斧をぶおんと振るう。
当たるに任せた大雑把な動きでも数が多いので有効な手段となり得たようで、数体がまとめて吹っ飛んでいく。明日もホームランだ。
けれどゆっくりと休んではいられない。ロボットらしくというべきか恐れも怖れもなくキリングマシーンたちは距離を詰めてくる。エッグヘルムスクラップ工場の残業は続いてしまうようだ。ブラック反対、労働基準法仕事しろ。
と、少々おかしなテンションになりながらも、その後の数十分間ボクたちは武器を振り続けた。
途中からの反攻方針が良かったようで、気持ちが途切れることもなければ誰一人倒れることもなく、キリングマシーンたちを廃棄処分にすることができたのだった。
仮に防御重視のまま戦い続けていたならば、どこかで破綻していたかもしれない。
リーヴに出会うきっかけにもなった、ブレードラビットの大群に襲われたときにも感じたことだけれど、数の多さというやつは本当に侮れないものがある。色々な批判がありながらも大軍で正面から突撃することが正道扱いされる訳だよ……。
「疲れた。このまま寝ちゃいたいくらい……」
「右に同じく、ですわ……」
「強敵を相手にする時とはまた違った疲労感がありますね……」
仰向けに寝転がりながら荒い息を吐く。短い背丈の草たちが柔らかく体を受け止めてくれて心地いい。リアルと違って汚れを気にしないですむことや、虫さんがこんにちはしないことも地味にポイントが高いです。
それにしてもこんな面倒な連中と遭遇してしまうとは。たまっていたトラブル発生ゲージはナンナ女史の一件で消費したと思っていたのだけれどなあ。
ミソが手に入ったことでノーカンにでもされてしまったのかしらん?
どうせ遭遇するならタマちゃんズと同じストレイキャッツなら良かったのにね。……いや、あの子たちの場合は戦闘にならない代わりに食料をすべて放出しなくてはいけなくなるから、それはそれで困ったことになったかもしれない。
確保できたばかりのミソがなくなってしまうのは、ちょっとどころではなく辛いかな。