83 宰相の依頼
ブラックドラゴンとの会談についての打ち合わせを終えた後、宰相さんから依頼を受けてみないかという申し出が。
さすがにすぐには「はい」とも「いいえ」とも答えることができなかったボクは、内容を説明することを申し出たのだった。
だからエッ君、正座で痺れているだろうミルファシアさんの足を狙うのは止めてあげて……。
「ふむ。私という身元が明確な者からの依頼であっても飛び付きはしないのか」
「依頼人が誰かということよりも、それを解決できるだけの力量が自分にあるのかが分からないという点の方が大きいですかね」
「どういうことか詳しく聞いても良いかね?」
「ボクが冒険者になってからまだ一月も経ってはいません。そしてレベルももうじきやっと四に上がるかもしれないという程度です。これで自分に十分な力も経験もあるだなんて、とてもじゃないけど言えない、ということです」
ボク一人だけならアウラロウラさんから貰った『帰還の首飾り』もあるので、難易度が高くても死に戻りや巻き戻しを前提に突撃するというのも選択肢に入ったかもしれない。
だけど今はエッ君もいればリーヴもいるから、そんな無茶は絶対にできないのだ。
「己が力量を知るがゆえにということか。だが、あの事件以降かなり鍛えているという話も聞き及んでいるが?」
「訓練はどこまで行っても訓練ですから。それにあれ以来町の外に出る時には騎士団や衛兵隊の方々が護衛についてくれているので、まともな実戦をこなしていません。いざという時に自分たちがどの程度動けるのかも分かっていない状態なので」
まあ、だからといって練習や訓練を軽んじるつもりは当然ない。積み重ねることでしか得ることのできない自信や心の余裕というものもあるからだ。
本番に強いとか本番の時の方が上手くいく、なんていうケースもあるけれど、里っちゃんによれば「あれは練習の時の失敗した経験を活かしているんだよ」ということになるそうだし。
「冒険者などという危険な生業に身を置いている割には、随分と慎重な物の考え方をするものだ」
「冒険者だからと言ってスリル渇望症だったり自殺志願者や破滅志願者だったりする訳じゃないですから」
どうにも勘違いされていそうな気配があったので、そこのところはきっちり釘を刺しておく。
少なくとも「戦いがボクを呼んでいる!」なんてことを言い出すようなキャラではないので。
「道理だな。近頃は騎士団においてすら時に勇敢と無謀を取り違えている者すらいるからな。その慎重なその態度には好感が持てる」
何か嫌なことでもあったのか、そう言った宰相さんの隣ではコムステア侯爵がしきりに頷いていた。
気にはなるけれど既に当初の事柄から横道にそれてしまっているので、この辺りで軌道修正をかけておくべきだろう。
「ところで、依頼の内容については聞かせてもらえるのですか?」
「そうだったな。私としてはそれだけの慎重さがあるのならば十分に果たすことができると思うのだが……。コムステア侯爵はどう見る?」
「基本的には宰相閣下と同じ意見です。が、あの件については我らとしても把握していない部分があることもまた事実。その点がどれほどの危険性を持っているかによって、難易度は変わってくると思われますな」
小さいながらも国家の中枢に近いところにいるはずの人たちが把握できていないことがあるとか、不安要素満点なんですが……。
「そうなると、本人に決めさせるべきか……?」
「責任を押し付ける形となってしまいますが、そもそも依頼を無理矢理受けさせることなどできませぬ。情報を得るために一部の者には事情を説明することを許可するようにすればよろしいかと」
「協力を求めた者からこの話が漏れ出すという危険もあるのではないか?」
「冒険者協会のデュラン支部長であれば、早々こちらの事情を漏らすような愚かな真似はしませんでしょう。むしろ事の顛末まで教えておけば、以降この件で何か起き際には半ば強制的に協力を要請する事もできます」
えーと、新米冒険者の前でそんな黒い話をしないで欲しいんですけど……。
これ、依頼を受けるかどうかの選択肢があるようで、実質的には強制されているようなものだよ。
「さて、ここまでの流れで理解しているだろうが、少々込み入った事情があるのだ。よって、詳しい内容を聞いた時点で依頼を引き受けてもらうことになってしまう。その上で問うが、詳しい話を聞きたいかね?」
「いいえ!……と本心から言いたいところですけど、そういう訳にはいかないでしょう」
特大のため息を吐くことで不本意であることを言外に告げる。
はっきり言って、拒否したところで何らかの形で関わることを強要されそうだし。というか、どうにも今の時点で既に巻き込まれてしまっているような印象を受けたんだよね。
「我々としてはそなたに受けてもらえるのが最良であるとは思っておるよ」
どうしてそこまで、と思ったところでハタと気が付く。
「今日の面談はそのためのものだったんですね」
そして多分だけど昨日の公主様の突然の来訪も。
「そういう趣きがあったことも否定はせんよ。だが、この件がなくともそなたを呼び出していたことは間違いないぞ」
「ブラックドラゴンとの会談はそれだけ重要なものだと考えているのだ」
この点もまた本心ではあるのだろうね。
「予定外だったのはバカ娘たちの行動だが……。まあ、これも後々使えないこともない」
宰相さんの言葉にゾクリと背筋が震える。娘をまるで道具のように扱おうとしているその思考に怖気が走ったのだ。
だけど直後、ボクはその思いを撤回することになった。
努めて無表情を貫こうとしていたのだろう。しかし、その揺れる瞳だけは彼の心を如実に表しているように感じられたのだ。
そこから親としての苦悩と、為政者としての覚悟が垣間見えたような気がした。
「ようやく九等級への昇進が見えてきたばかりの新米冒険者に見せていいものじゃないと思うんですが?」
「確かにそなたが冒険者となってからの期間は短いようだが、そういう判断ができる時点で十分に経験豊富と言えると思うぞ」
色々あったことは認めるけれど、経験豊富とまではいかないと思うなあ。
ちなみに、当のミルファシアさんは正座で痺れた足をエッ君の尻尾でツンツンされて、声にならない声で悶えておりました。
その姿が微妙に色っぽさを醸し出していたのはここだけの秘密です。
「ともかく、話を進めるとしよう。あれを」
「はい。既に用意はできております」
宰相さんに声を掛けられた侍女さん――部屋の入り口近くで気配を殺すようにして佇んでいました!?――が持ってきたのは、どこかで見たことのある冠とティアラだった。