829 物量は脅威
パーイラへの分岐ポイントへと戻ってきたボクたちは、そこから数日かけて西街道の終着地点のむらへと到着していた。
急げば一日か二日くらいは短縮することができたのだけれど、その場合は野営が必須になってしまう。これまでにも何度か経験があるのだけれど、交代で夜間に見張りに立つのは結構大変で体力だけでなく精神力も削られていくのよね。
一刻一秒を争うような急ぎの旅ではないのだし、せっかく宿場町があるのだ。そんな苦労をするくらいならば安全快適な場所でしっかりと休んで、体調をベストに近い状態で維持しておくべきだと判断したのだった。まあ、余計な苦労をしたくないという気持ちが強く働いたことは否定はしないけれど。
宿泊費用の方も、訓練がてらに街道を少し外れて歩いていれば時期に魔物に遭遇するので問題なし。むしろ素材の売却でボクたちのお財布は黒字になっていたほどだ。
とはいえ、油断しているとこんなことも起きてしまうのだけれどね。
「くうう……!いくら何でも数が多すぎですわ!」
両手それぞれに持った剣で次々に繰り出される攻撃をさばきながら、ついにミルファから泣きが入ってしまう。
「リュカリュカ!ミルファの方が持ちません!急いでフォローに入ってください!」
「こいつだけ片付けちゃうから、もう少しだけ踏ん張ってもらって!」
ボクはボクでリーヴのガードを超えてきた連中を倒すのに必死になっていた。ボクたちを十重二重に取り囲んでいるのは、『三国戦争』で使用されていたというキリングマシーンの群れだ。
こいつらはタマちゃんズと同じく大陸中をさまよっているという設定で、つまりは『OAW』運営お得意のランダムイベントという訳。古代の発掘品を模造した物な上に百年以上うろついていたせいで色々と劣化してしまっている点は救いかしらね。
名前も「錆びたキリングマシーン」とか「武装崩壊したキリングマシーン」だとか「燃料不足のキリングマシーン」と、ちょっぴりかわいそうになってしまうラインナップでございます。なお、〈鑑定〉技能によると材料不足によりピグミーサイズの大きさになったらしい。
ただし、その分数で押してくるえげつない戦法を取ってきていたけれどね!
「よいっしょお!」
気合一閃、振り下ろした龍爪剣斧の斧刃が一体を断ち割る。錆びて武装が破損した状態では、遠心力や位置エネルギーなどなどが加算乗算された一撃に耐え切れなかったもよう。
こんな調子で既に十数体はスクラップにしているはずなのだが、一向に終わりが見えないのよね。
〈共闘〉技能でチーミルとリーネイどころかタマちゃんズ、さらには座敷童ちゃんや翡翠ひよこまで、文字通り総力をあげて対抗することでようやく五分五分の戦いに持ち込むことができていたのだった。
座敷童ちゃんたちは特殊ながらもNPC扱いだから、本音を言えば戦闘には参加させたくはなかったのだけれどね。
街道近くで弱い魔物しか出没していなかったので気分転換にと全員で散歩していたところに突然キリングマシーンの軍勢に遭遇してしまい、逃がす間もなくなし崩し的に戦いになってしまったのだ
だけど結果から言うと、あの子たちが参加してくれたお陰で何とかなっていた。翡翠ひよこはタマちゃんズと一緒になって敵のかく乱に一役買ってくれていたし、座敷童ちゃんはトレアのもう一つの目となることで的確に危険な個所を潰して戦線を維持することができていた。
もちろん他の子たちも大活躍でしたよ。先にも述べたようにリーヴは堅い守りで防衛の要となっていたし、トレアは座敷童ちゃんのサポートもあって防衛ラインを越えようとするやつを撃破していた。そしてエッ君はというと、なんと敵の真っただ中に飛び込んでは司令塔らしき個体を強襲して回っていた。
まあ、その効果のほどは残念ながら微妙なところに留まっていたのだけれど。どうやらキリングマシーンたちは、司令塔が破壊されると別の個体にその機能を引き継ぐ仕様となっているみたいなのだ。そのため倒した瞬間は動きが悪くなるものの、すぐに状況をもち直されてしまうということの連続となっていた。
「まったくもってえげつない設定だよねえ!」
押され気味になっているミルファの隣へと躍り出ると、死角から彼女を攻撃しようとしていたやつへと龍爪剣斧を叩きつけて吹っ飛ばす。ついでに落下地点に居た数体を巻き込んだが、こちらは大したダメージではなさそうだ。それでも少しばかりの余裕ができたことに違いはない。
「助かりましたわ」
「お礼は全部終わってからで。ほらほら、懲りずにまだまだやってくるみたいだよ」
「恐怖も危機感もない連中はこれだから!少しは情緒というものを理解して欲しいものですわね!」
ミルファの言いたいことは分かるけれど、それはそれで今度は心理的に追い詰めるような攻撃をしてきそうで怖いものがありそう。今ですら数による圧迫感が半端ないのにさ……。
「ないものねだりだとは分かっていますけれど、こうなると広範囲を巻き込める大規模強力魔法が欲しくなりますわね」
「本当にないものねだりだね!というか、そんなのが使えるのはゾイさんクラスのハイレベル魔法使いぐらいじゃないのさ」
大規模強力魔法とは各属性魔法をそれぞれ中級を経て上級の極限まで成長させて初めて使用できるようになるもので、消費するMPが膨大なぶん威力は折り紙付きという、頑張って魔法の熟練度を上げたご褒美的な意味合いも強い超強力な魔法だ。
ボクたちの身近な知り合いだと、習得しているのはクンビーラを拠点としている三等級冒険者のゾイさんくらいだろうね。
リュカリュカにミルファにネイトと、パーティーメンバーは全員魔法を使える反面、攻撃魔法の専門職はいないのだよねえ。あえて分類するならばボクとミルファは魔法戦士的な立ち位置だし、ネイトは回復が本職だ。
つまりはようやく中級に手が届きそうなくらいでしかなく、大規模強力魔法を会得するためにはまだまだ熟練度が足りていないのだった。
ちなみに、範囲攻撃であるニードル系の魔法は既に使用済みだったりします。一番効果がありそうだった雷属性ですら焼け石に水状態でしかなかったので、魔法を中心とした迎撃作戦はすぐさま中止と相成りましたとさ。