827 やっぱりおみそ
実物は見れていないものの、鎌をかけてみた様子から現在ナンナ女史が研究している調味料は、ほぼほぼお味噌だと断定できそうだ。
もっとも、一口にお味噌と言ってもリアルでは色々な種類があるのだけれどね。そのためかプレイヤーが集うプレイヤーのための街である『異次元都市メイション』では、様々なお味噌を使った料理を食べることができたりする。
一方、『OAW』本編では大豆っぽい豆を原料にしたものとして登場するとのこと。
味に関してはそれぞれのプレイヤーが一番馴染みのあるものとなるそうで、脳波を読み取って再現しているのだとかなんとか。よく分からないけれど、とにかくすごい技術だよね。そして同時に個々のプレイヤーごとにワールドがあるという特性を存分に活かしていると言えるだろう。
余談ですが、同じVRのRPGでもMMOの『笑顔』は多くのプレイヤーたちが同時に一つの世界を共有しているのでメイションと同じように様々なお味噌並びにお醤油が用意されているそうです。「ニポン食を食べよう!」というタイアップイベントを行った時に登録された複数のメーカーや醸造所の製品のデータが今でも使用されているらしい。
協賛一覧に食べ物関係を取り扱う企業が多いのは、こうしたイベントの名残なのだとか。
話を戻しまして。リュカリュカのワールドにおいて味噌ことミソは、ソイソース作りを行っている村から少し離れた位置にある村で作られていた。にもかかわらずどうして今の今まで登場していなかったのか?
それはゲーム内の情報やアイテムを開示するシステムと複雑に関係していた。
『OAW』において、ソイソースやミソをプレイヤーが手にするための手段は三つある。
一つは自作すること。発酵などが適切に行われなくてはいけないために高い〈調理〉技能の熟練度が必要となるが、料理系のクリエイターの何割かはこの方法でまさしく自力で入手している。
二つ目はゲーム内の経過時間。多少の差はあるけれど、おおよそゲーム内で半年が経過すると珍しい食材として流通されるようになるそうだ。
そして三つ目、和食に該当する料理や食材を発見すること。ボクがクンビーラでやった、うどんを作って広めたこともこれになる。ただし、ソイソース発見の条件が一品だけなのに対して、ミソの方は三品以上と少しだけ難易度が高く設定されていた。
これには使用できる食材や調味料を小出しにすることによってプレイヤーに飽きがこないようにする、といった意味合いもあるのだろう。もっとも、ゲーム世界にはない料理をどんどん作っていくことになる料理系クリエイターのプレイヤーからすれば誤差のようなものだわね。
さて、ここで問題となって来るのがボクの場合だ。実はカツうどんを作って以降は珍しい料理を作ったりはしていないのよね。つまりミソ発見の条件を満たさないままとなっていたのね。
まあ、それならそれで普通なら二つ目の時間経過の条件を満たして発見されるだけ、だったはずなのですが……。ボクに対してはクンビーラの南と大まかに伝えられなかったが、ソイソースを発見した際にゲームの内部的には生産地もまた固定されてしまった。これがどうやらちょっとしたバグを引き起こしてしまっていたらしく、経過時間による発見が発生しなくなっていた。
ボクが本気で探していたならまた違った展開となったのかもしれないが、行く先々の料理を美味しく食べられていたこともあって「ミソも見つかったらいいな」くらいにしか考えていなかった。
こうした事情から、生産地からほど近いパーイラに立ち寄ったことでようやくミソ発見のイベントが発生したのでした。
もっとも、これらは全て後日アウラロウラさんから聞いた話なのだけれどね。以上、どうして唐突にミソが出てきたのかの裏話でした。
「これよ。これがいま私が研究しているミソなる代物よ」
開けて翌日、ボクたちは連れ立ってナンナ女史の研究室という名の小屋を訪れていた。
蹴破った扉?知らない子ですね。というのは冗談で、うちの子たちにも手伝ってもらって修復済みです。背の高いトレアや力持ちのリーヴがいたお陰ですぐに直すことができました。
そしてテーブルの上に置かれた壺、両手でようやく持ち運べるくらいの大きさのそれに入っていたものこそ、まごうことなきミソだった。
「リュカリュカから聞いておりましたけれど、正直に言って食べ物とは思えない見た目ですわね」
「それに結構においますよ。これは慣れるまでは少し辛いかも」
ミルファとネイトが口にした率直な感想に、ナンナ女史はさもありなんと頷いていた。そんな様子にボクも苦笑いを浮かべてしまう。まあ、何の説明もなければ泥か粘土のようにしか見えないよね。発酵という過程を経ているから独特な香りでもある。
もしも彼女たちに納豆を見せたらどんな反応をするのだろうか?なんていたずら心がわいたのは秘密です。
そもそもどうしてナンナ女史がミソの研究を行うことになったのかというと、生産地である村から持ち込まれたからだった。なんでもソイソースばかりが売れている状況に村の有力者が危機感を抱いたらしい。
「それにしても、持ち込むところが間違ってませんか?」
彼女は調味料の研究を行ってはいるけれど、料理人ではない。新しい食材を使っての料理を捜索するとなると、少々畑違いだと言わざるを得ない。
「私も最初は食堂なり屋台に売り込むべきだと言ったのよ。だけど「ただでさえ出遅れているからハクが付かないと売りようがない」って泣きつかれてしまったのよ」
はあ、と大きなため息をつきながらナンナ女史が言う。繰り返しになるけれど『学園都市パーイラ』はアンクゥワー大陸でも随一の学術都市として人々に認識されている。そんなところで研究の題材に用いられたとなれば、確かに上等な箔付けとなるだろう。
つまり相当うがった見方をするならば、美味しい以外にウリになる付加価値づくりに最適だと利用されたということになる。
さすがに、それなりの研究結果が出るまでは吹聴したりはしないだろうけれどね。
ちなみに、生産地の村では漬物等の保存食作りに使われるなどの限られた用途にしか使われていないらしい。いくらプレイヤーが活躍できるように制限が設けられていると言っても、みそ汁すらないというのは無理があるのではないかい?
内心で思わず運営に突っ込んでしまったよ……。