818 歴史の大事件
シャンディラでできる準備を終えてゲーム内で翌日、ボクたち『エッグヘルム』のパーティー一行は『学園都市パーイラ』に向けて出発していた。『大霊山』のふもと近くにまで行くための三つの街道のうち、現在でもまともに機能しているのは西街道だけであるためか、道の造りはしっかりしていた。
加えて宿場町を兼ねた村が点在しているため、よほど無理をしない限りは野宿をする必要もないという安全安心な旅路となっております。
「ところで北街道には難所があるってエルが言ってたけど、具体的には何があるのかな?」
てくてく歩きながら雑談に興じる余裕もあるくらいだ。
「北街道ですか。あちらも基本的には草原を突っ切っていくだけなのですが……」
「それだと、この西街道と一緒だよね?」
ボクの中にある難所のイメージとどうにも結びつかないのですが。
「問題なのは生息している魔物ですわ。あの平原にはベヒモスがいますの」
その名前はゲームに疎いボクでも聞いたことがあるほど、有名なやつだったはず。
「えっと、とんでもなく大っきい魔物、だったっけ?」
「とてつもなくアバウトですがその通りです。討伐された記録が残っているものは十メートルを超える体調の物だったそうですが、それでもまだ年若い個体だったそうです」
「真贋のはっきりしない目撃情報ともなると、三十メートルや五十メートルにもなる大きさだったという話もありますわよ。「山が動いているようだった」と表現されるのが定番ですわ」
魔物というよりもはや怪獣だね。巨大化もしくは合体ロボでもなければ、対抗どころかプチッとやられるのが関の山だろうねえ。
「しかもそれが複数体いるらしいです」
「……は?え?複数?まぢで?」
一瞬、ネイトの言葉の意味が分からずに聞き返してしまう。
「マジですわ。もともと生息地ではあったようなのですけれど『三国戦争』の際に『火卿帝国』と『水卿公国』から戦力として連れてこられたものたちが居着いてしまったのですわ」
テイマーが殺されたことで制御不能になってしまったとか、最初から暴れさせるつもりで連れてきたとか様々な説があるらしい。今となっては真偽も詳細も不明だが、結果としてその平原は何体もの巨大怪獣が生息する超危険地帯となってしまったのだとか。
「よくそんな道がいまでも利用されているね……」
「あまり素早くは動けないそうですよ。巨体ですから発見も容易ですし、馬に乗っていれば逃げ切るのは難しくないと聞いたことがあります」
巨大怪獣相手に鬼ごっこだなんてボクなら絶対に遠慮したところだけれど、そうも言ってはいられない理由があったりするのかもしれない。名誉や名声のために命知らずが無茶をすることもあるだろう。とにもかくにも、そんな人たちがいるお陰で北街道はその存在を保ち続けているそうだ。
ついでに語っておくと、すっかり荒廃してしまっている東街道だけれど、これも原因は『三国戦争』にあるようだ。『火卿帝国フレイムタン』の侵略に当時の存在していたいくつかの都市国家が焦土作戦で抵抗したことで、戦後も住める状態ではなくなってしまった。
加えて『火卿帝国』で内戦が始まってしまったこともあって、かろうじて残っていた物流もストップしてしまい、利用されなくなった道は荒れ放題となったのでした。
「こうしてみてみると、『三国戦争』の爪痕ってまだまだ深く残っているんだね」
「たくさんの都市国家が滅ぼされたそうですからね。故郷を失った人も多いでしょう」
「戦争前は星の数ほどもあったと言われていたくらいですもの。まあ、実際は現在の二倍から、どれほど多くても三倍には届かなかっただろうという話ですけれど」
新たに建国された都市国家はないので、今残っているのは全て『三国戦争』を生き延びた猛者だと言えるのかもしれない。
「ですが、パーイラは少々特殊な事情があったために戦争の災禍を受けることがなかったのですわ」
「特殊な事情?」
「ええ。一つは立地場所によるもので、もう一つは学園都市という特性のためですわ」
一つ目は簡単で、パーイラがあるのは『風卿エリア』の中央にほど近い場所となる。要するに、三国のどこからも等しく距離があったのだ。
強いて言うならば『土卿王国』が一番近いのだが、こちらはその手前にある『迷宮都市シャンディラ』を落とすことができずに出鼻をくじかれてしまっていた。
残る『水卿公国』と『火卿帝国』だけど、前者はクンビーラとヴァジュラを落とせなかったので『土卿王国』と似通った展開となり、後者は先にも記した通り焦土作戦による抵抗で想定以上の出血を強いられることになった。
こんな調子で、どこもパーイラまで攻め込めるだけの力がなくなってしまったのでした。
対して、二つ目の学園都市の特性の方は少々説明が難しい。極論を言えば貴族の子息令嬢を集めて人質にしていたポートル学園と同じということになる。
各国の交流が盛んだったことから、当時はそれこそ大陸中から優秀な人々がこぞってパーイラに集っていた。まあ、そういう人たちと縁づくのを目的としていたり、単純に箔付のためだけの人もいたみたいだけれどね。
当然その中には貴族や高位官僚の子弟どころか、国家元首の血縁者までいた。人質にはもってこいの人材が揃っていたという訳だ。
そしてここからがややこしいところでして、彼ら彼女らは国元では騒乱の火種になってしまう者たちでもあった。曲がりなりにも大陸最高峰の学び舎でやっていけるだけの才能を持っているため、当主や次期後継者を排して彼らを頭に据えようとする者たちが居たのだね。
そんな訳で、むざむざ殺されてしまうと大国の面子に傷がつくこと、しかし生きていても争いの元になり、そんな存在を身の内に入れたくないという思惑も絡んだ結果、『学園都市パーイラ』は『風卿エリア』の都市国家にしては珍しく戦渦に巻き込まれることはなかったのだとか。
「歴史の裏を感じる話だなあ」
「書物をはじめとした貴重な品々が損失することなく今日まで残ったことは、きっと喜ぶべきことですわよ」
「それもそうだね」
もしかすると、そうなるようにパーイラに集まっていた人たちが立ち回ったのかもしれない。そんなことを考えながら、暖かな日差しを浴びながら街道を歩いていくボクたちなのでした。




