817 やべー魔物たち
シャンディラから『学園都市パーイラ』に行くには、『大霊山』付近へ向かう西街道から少し横道にそれる必要があるらしい。
「西街道から分かれて、成人男性の足でおよそ三時間から四時間ほどの距離になります」
秘書さんの説明によれば、分かれ道となる地点には看板が立っているので見逃すことはないだろうとのことだった。
「一日くらい余分に歩くことになるけど……」
「急ぐ旅でもありませんもの。それくらいの大回りは構わないのではなくて」
「わたしもそれでいいと思います。もしかすると新しい情報を入手できるかもしれませんし」
ミルファもネイトも賛成なのね。おじいちゃんたちのセリフになんだか微妙に不穏当な言葉が混じっていたのは気にかかるけれど、パーイラに立ち寄る以外の別案がある訳ではない。大陸一の学術都市とも呼ばれている場所だし、ここは観光場所が一つ追加されたくらいの気楽な心持ちでいた方がいいのかも。
おじいちゃんとおばあちゃん、さらには支部長さんと秘書さんまで協力してくれて必要になりそうな道具類をリスト化してくれた。
「さっきも言ったように、回復薬の類はこの街で出回っているちょっと質が落ちる物を大量に買い込む方が結果的には安くすむはずだよ。だけど、毒消しとかは多少値が張ってでもパーイラで高品質のものを購入しておくべきかね」
「街道の終点付近でもまれにレッサーヒュドラの目撃情報がありますから、状態異常系に対する薬は上質の物を持っておくべきでしょうなあ」
本物のヒュドラともなると、複数ある首を切り落とした上にその傷口を焼くといった特殊な攻略方法が必要になるのだけれど、レッサーヒュドラはぶん殴ってHPをゼロにするだけで倒せるとのことだった。
とはいえ、本家譲りの超回復能力は健在――一応は劣化しているらしい――だし、最低でも三本以上の首がある――劣化しているのよ――のに加えて複数の状態異常攻撃持ち――劣化しているの?――と、今回の旅で最も用心するべき魔物の一つでもある。
「レッサーヒュドラがいることからお気づきかもしれませんが、『大霊山』のふもとに広がっているのは単なる森ではありません。巨木が立ち並ぶ原生林であり、足場の悪い湿原地帯となっているそうです。普段とは異なり足元の確認をする道具も必要になってくるでしょう」
ごめんなさい。仲間たちも含めて全然気が付いていませんでした。そうか、多頭の方にばかり気を取られていたけれど、ヒュドラは大別するとヘビ系の魔物に分類されるのでした。……あれ?でも蛇って砂漠とかにも生息していなかったかな?
まあ、いいや。それより湿地ということはワニの魔物とかもいたりするのだろうか?
「ああ。ワニ型の魔物ならウロコタイルがいるな」
その名の通り表面のうろこが硬質のタイル状になっているそうで、斬裂系や刺突系の攻撃は威力が半減してしまうらしい。
「魔法の属性だけじゃなく武器の相性も考えて動かないと、思わぬ苦戦を強いられることになるねえ」
おばあちゃんの言葉にミルファとネイトの表情が引き締まる。ボクはハルバードという武器の特性上様々な攻撃方法があるけれど、二人はそうではないからね。場合によっては盾役に専念するとか魔法攻撃を中心にするといった動きが求められるかもしれない。
余談ですが、ウロコタイルは長く生きた強い個体ほど体表のタイルがカラフルで美麗な模様になっていくとのこと。それを目当てに貴族やお金持ちな人たちが討伐依頼を出しているのだけれど、討伐成功率はなんと驚きの三割以下なのだと支部長さんが話してくれた。
「向こうで目立つ色合いを見かけたら、悪いことは言わないから、すぐにその場から逃げた方がいい」
冒険者上がりの支部長さんに加えて現役冒険者のおじいちゃんたちも頷いているところから、年経たウロコタイルは相当危険な相手だと思っておいた方が良さそうだわね。
一つ懸念があるとすれば相当足元が悪いという話だったので、果たしてボクたちに逃げる技量と余裕があるのかどうか、という点かしら。
警戒を密にしてそれらしい存在には近づかない、というのがベストかな。まあ、こちらも技能の熟練度が不足している可能性は無きにしも非ずですが。
「そうした危険な魔物の情報を仕入れておくためにも、パーイラには立ち寄るべきかと思います」
秘書さんいわく、学園都市の名が付くだけあって巨大な図書館もあるらしい。部外者でも有料で利用することができるので、冒険者協会の支部で聞ける最新の目撃情報と合わせると安全性を高めることができるそうだ。
「目撃情報の提供はもともと討伐を素早く行うために始まった業務なのですが、まあ、何事も使い方次第ということです」
なるほどねえ。ワールドイベントが一段落したら、一度冒険者協会をはじめとした町中にある施設でどんなことができるのかを確認しておくべきかもしれない。
「冒険者は生き残ってなんぼだ。くれぐれも無茶するんじゃないぞ。……と言っても、必要だと思えばお前たちは無茶でもなんでもするんだろうがな」
何かをあきらめたかのように盛大にため息をつくおじいちゃん。ここで「そんなことはないよ」と言って上げられれば、少しは心配をさせずにすむのかもしれないけれど……。
「んー……、ごめんね。思ってもいないことはやっぱり言えないや」
もちろん、意味もないのに無茶なことをするつもりはないよ。でも、さっき言われたように必要であるならば、多少の無茶はしてしまうと思う。
「しょうがない子たちだよねえ。だけど、私ら年寄りよりも先に逝ったりしたら、説教だけじゃ済まさないからね。肝に銘じておきな」
「は、はい!」
じろりと殺気すら感じられそうな目で睨みつけられて、ボクたち三人は直立不動で返事をする羽目になってしまった。生粋の冒険者に比べれば少ないけれど、クシア高司祭の逸話には魔物退治がつきものだというのが常識だ。
そんなことになってしまったら、きっと死んだことを後悔させられてしまうだろう。
これはもう、何が何でも死ねなくなったわ。
もとより死ぬつもりはなかったけれど。
そして二人と別れたボクたちは、シャンディラ内でできる準備をするため、再び道具屋などのお店をはしごすることになったのだった。