811 フラグは既に立っている?
指名依頼書の依頼主はデュラン支部長でした。
「断れないように、ここまでする?おじいちゃんたちには色々とお世話になってるから、元々断るつもりもないけどさ……」
「支部長もうちも断られるとは思ってないで。ただ、こうしておいた方がやり易いんや」
エルが指さしたのは報酬のところで、
「えーと、「シャンディラへの『転移門』の使用料と大銀貨三枚」!?いや、これもらい過ぎじゃないかな!?」
「支部長名義になっとるけど、実際はクンビーラからの報奨金やで」
「報奨金?クンビーラからの?」
なにそれ?思い当たるものが何のだけれど?
「あのなあ……。お隣の大国に出向いて行って戦争仕掛けられそうになってたんを止めてきたんやから、それくらいの金出すんは当たり前やで」
エルからのお願いという体で引き受けたことなので、こういう形になったらしい。
「気にしなくてもいいのに」
「そういう訳にいくかい。表立っとらんだけで内々の者は皆、クンビーラのためにリュカリュカたちが『水卿公国』に行っとったって知っとるんやからな。只働きさせたやいう話が広まったらえらいことになるわ」
人心を掴んでおくためにも、論功行賞はしっかりやっておかないといけない、らしいです。
「後は……、まあ、リュカリュカたちになら言うてもええか。引き抜きへの対策っちゅうかけん制やな」
エルの言葉に、ミルファとネイトが「ああ……」と疲れた顔で頷いている。え?なに?
「実は『帝国』から帰ってきた時にもこの話は出とったんやけどな。ほら、何とかいう貴族と仲ようなっとったやろ」
リシウさんだね。恐らくだけれど『火卿帝国フレイムタン』の現皇帝に近い血縁者だと思う。
「そん時はさすがに『帝国』からクンビーラまでは距離があるし、内部のごたごたも続いとるから手出ししてくることはないやろ、いうことで終わったんやけどな。今度はすぐお隣や。お偉いさんからの覚えがええ上に国が割れそうやった騒ぎを食い止めた実績まである。間違いなくリュカリュカを引き抜こうと動いてくるやろな。いや、もう動き出しとるはずや」
それに対抗するためにも、クンビーラはしっかりと働きに報いているという見せつけておかなくてはいかないらしい。だから本当は大々的に式典を行いたいくらいなのだけれど、ボクたちが仰々しいのを苦手にしていることをくんで、デュラン支部長からの個人的な依頼とその支払いという形にしてくれたのだった。
「そういう建前があるのでしたら、この金額は少々物足りないのではなくて?」
「そこは色々と迷ったんやけどな……。もしも『公国』と金貨のぶつけ合いにでもなったら勝ち目はないやろ。単に金で雇われとるんやのうて信頼関係で繋がっとる、と思わせるようにしたんやわ」
なるほどね。実際その通りなのだから問題はないね。こちらとしては多少なりともお金がもらえるならばありがたいというのが本音なところだもの。
ちなみに「金貨のぶつけ合い」というのは、リアルで言うところの「札束での殴り合い」に該当するスラングとなります。
さらに余談ですが、最も攻撃力が高いのは一デナー鉄貨だったりします。これは貴人の護衛が武装ができないような場所でも違和感なく持ち込むためなのではないか、などと推察されているそうで。正解かどうかは分かっていないのだけれどね。
ただ、『笑顔』の方のプレイヤーの中には鉄貨を投擲や指弾用のアイテムとして持ち歩いている人もいるそうな。威力の方はお察しレベルらしいけれど。
依頼への受領手続きはエルがお城に帰るついでにやっておいてくれることになった。『水卿エリア』からのお客人が大量にいる状況を鑑みて、ボクたちはむやみに出歩かない方がいいという配慮なのだけれど、それでいいのか冒険者協会……。
「本来はアウトですが、特例措置というやつですね」
「エルがわたくしたちの代理人として成り立つのは、一緒に地下遺跡を攻略したからですわね」
そういえばアレ、元々は墓地を探すという依頼だったね。見つかったのはお墓ではなく地下遺跡だった訳ですが。
そして翌日、三度の旅立ちの日です。
「リュカリュカ、忘れ物はないさね?」
「だいじょうぶ。後は料理だけだよ」
お出かけ前のお母さんのようなセリフを口にする女将さんに苦笑ながら返事をする。その料理だけれど、現在厨房で料理長さんが絶賛大量生産中だったりします。ほんと、アイテムボックスは便利だわ。誰かリアルでも開発してくれないかしらん?
「今度は『迷宮都市シャンディラ』に行くのだったかい?」
「シャンディラでもろもろの準備をしてから大霊山のふもとに向かう予定だよ」
「おや、シャンディラの迷宮が目的じゃなかったのかい?」
「立ち寄るだけで長居はしないつもり。それがどうかした?」
「大したことじゃないさね。この前うちの放蕩息子からしばらくシャンディラに居るって手紙があったのさ。だから向こうで顔を合わせることがあるかもしれないと思ったのさね」
女将さんたちの息子さんは調理の腕を磨くため、料理人兼冒険者としていくつものパーティーに臨時メンバーとして参加しながら方々を渡り歩いているのだとか。
「伝説の食材を探し求めてる訳じゃないんだ?」
「いくら何でもにそこまで酔狂じゃないさね。珍しい食材に巡り合えたら、くらいの野望はあるかもしれないけどねえ」
冒険者であれば誰しも「レアな魔物に遭遇するかも?」と考えているものだ。プレイヤーの場合はそこに「メタルなスライムみたいに割がいい魔物」という一文がプラスされることになる。
要するに、件の人物は特別夢見がちな妄想野郎ではないということだ。常識人ばんざい。
「それじゃあ、本当にシャンディラで会うことがあるかもしれないね」
「その時はよろしく頼むさね」
偶然出会ったら、みたいな調子で話していたけれど、内心では絶対に会うことになるのだろうと確信していた。いや、だって、このタイミングでわざわざ話を振ってきたとなれば、既にフラグが立っているということでしょう。
「ふう……。待たせたな。頼まれていた分は作り終えたぞ」
「わあ!ありがとうございます」
料理長さんにお礼を言うと、でき立て料理をアイテムボックスに収納するためボクは厨房へと向かうのだった。