802 その頃お外では
がらんとした貯蔵庫にわずかばかりに残されていた数個の緋晶玉を回収したところで、ボクたちはバーゴの遺跡から撤収することにした。
制御室はこんぴーたが出てこられないくらい破壊――約三割はキューズがやらかしたものだったと追記しておくよ――しつくしたし、動力室のかなめである魔力抽出装置は現代の技術に比べればはるかに劣る代物だ。歴史的な遺産としての価値はあれども、革命やクーデターの後押しにはならないだろうね。
そしていざ隠し水路から遺跡の外へと向かおうとしたところで、
『緊急。魔力が枯渇しています。このままでは当施設を保持することができなくなります。直ちに魔力を補充してください。繰り返します。緊急。魔力が枯渇しています――』
無機質な音声が鳴り響いたのだった。
「本格的に急いで退散した方がよさそうだね」
「そうなのか?」
「これまでこの遺跡は魔力を巡らせることで劣化を防いでいたんだよ。だけど制御室と動力室を壊して、ついでに貯蔵庫をを空っぽにしたことで必要な魔力を得られなくなってしまったの」
机等の家具類がガラクタと化していた休憩室の惨状を思い出すに、その効果は施設そのものにしか及んでいなかったようだけれど。
「これからは街の普通の建物とかと同じように、雨風の影響を受けて傷んでいくことになると思うよ。……あ、でもその前に崩壊しちゃう可能性もあるのか」
ぽつりとつぶやいた僕の言葉に一同がぎょっとした顔になる。
「リュカリュカ、それは確かなことなのですか?」
「ごめん、はっきりしたことは分からないかな。ただ、外からの見た目に対して内側の区間が広過ぎた気がするんだ」
「……もしも魔法で空間が拡張されていたならば、魔力が切れた瞬間元通りになってしまう可能性がある、ということですか」
後を継いだネイトにうなずくことで、ボクの予想と一致していることを伝える。
「あ-……、つまりどういうことなんだ?」
「急いで逃げないと危険が危ないってことだよ。それと、しばらくは遺跡に近づかないことだね」
「なんだ、そういいうことか。……って、やべえじゃん!」
理解ができたことで危機感をあおられたのか、ビンスとベンが慌てて水路へと身を躍らせる。それにつられるようにして、水龍さんにミルファとネイトも水の中へと飛び込んでいった。
そんなみんなの様子を苦笑しながら眺めていたボクは、見納めとばかりに背後へと振り返った。
「結局、この遺跡が何のためのものなのかは分からなかったな……」
キューズを倒し、機能停止――崩壊の可能性あり――に追い込んだことで目的自体は達成したわけだけれど、この遺跡が何のために作られて利用されていたのかは不明なままとなってしまった。おそらくは浮遊島へとつながる転移装置があったのだと予測しているのだけれど、確証となるものは得られずじまいだ。
一応『OAW』世界に生きているキャラクターのリュカリュカとしては、この顛末を不満に思ったりはしていない。が、現代のリアルニポンに生きているプレイヤーの優華としては、希少な遺跡を保存するなど、もう少し別のやり方があったのではないかと考えてしまう。
まあ、今さらどうしようもないことなのだけれどね。小さく頭を振ると、未練を断ち切るように勢いよく水路へと飛び込み、みんなを追いかけていくのだった。
さてここで、ボクたちが遺跡の中でわちゃわちゃやっている間に、地上では何が起こっていたのかを軽く見ておこう。
まず、隠し水路の行き止まりから奥へと進むために遺跡を再稼働したことで、地上部の先端にあった鳥居状のものがうっすらと光り輝き始めたのだとか。
見たことも聞いたこともない事態に上を下への大騒ぎとなった領主館では、何をどうすれば正解なのかさっぱり分からないということで、とりあえず不用意に人が近づかないよう治安維持の衛兵部隊を派遣することにしたのだそうだ。
そんなところにのこのこと現れたのがキューズと愉快な仲間たちだった。本来であればタカ派よりの貴族たちという後ろ盾と隠れ家を確保して、じっくり腰を据えてこっそりと遺跡の調査を行うつもりだったのだろう。
ところが、ボクたちが遺跡を再稼働したことで慌ててやってくることになったみたい。ざまみろ。
そしてさえぎる衛兵たちに「自分は遺跡調査の専門家だからここを通せ」とかなり上から目線で言い放ったらしいです。
もちろん衛兵さんたちが見も知らずの彼を通してやるはずがない。それどころかポートル学園から行方をくらました要警戒人物――大公様名義で国から各地の領主へ極秘アンド最速で文書が送られてきていた――だとバレてしまい、一触即発の事態となってしまったのだとか。
いや、割と本気で自分のことは知られていないと高をくくっていたみたいだわよ。
北部ではタカ派の二伯爵が引きこもりを続けている上に、姿を消してから数日しか経っていないとはいえ、国内最高学府の教官を務めていた者の行方を放置しておくとかあり得ないから。何千年生きてきたのか知らないけれど、ちょっと人類をなめすぎだったと思うよ。
ああ、もしかすると同行していた貴族たちがいいところを見せようとしたのかもしれないね。ヴァルゴ侯爵は完全な穏健派だから、タカ派にすり寄っていたとしてもまず重用されることはなかっただろう。
キューズが遺跡を攻略してタカ派の天下となった暁には重要なポストに就けるようにアピールしようとした、のかもしれない。
どちらも引くことなく、すわ武力衝突か!?というところで問題のキューズの姿が突然かき消えてしまう。はい。制御室のこんぴーたによる召喚だね。
しかし、外にいる人たちにそんなことを知る術などない。ここにきて頼みの綱であるキューズに見捨てられたと勘違いした貴族たちは仲間割れに始まり命乞いに袖の下、ついにはこれまでの悪事の暴露に至るまで、それはそれは無様に醜態をさらしたのだそうだ。
だけど、三度のごはんよりも面子が大事な貴族がそんな情けない姿を見せて無事でいられるはずがない。結局彼らは全員まとめて犯罪者として捕縛されることになったのでした。
立て続けにとんでもない事件が起きてしまったことで、衛兵部隊だけでなく見物人たちにも重苦しい緊張感が蔓延していた。そんな彼らに最後にして最大の爆弾が投下されることになる。
魔力枯渇による遺跡の存続危機だ。あの緊急アナウンスだけは外にまで聞こえるようになっていたのね。