80 鉄板ネタ失敗
ミルファシアと名乗った女の子の登場は予定外だったようで、ここまで案内してくれた隊長さんも困惑しているようだった。
もちろんボクたちもどう反応して良いのか分からずに、絶賛戸惑っている真っ最中だったりします。
「ほら、あなたも自己紹介をなさい」
そんなボクたちを一切無視して隣に立っていた男性を急かす。
「あー、お嬢の腰巾着兼護衛係のバルバロイ・コムステアだ。以後よろしくー」
輝くばかりの金髪に青灰色の瞳というリアルでの古典的な西洋風の顔立ちであるミルファシアさんとは異なり、バルバロイと名乗った男性は濃い赤茶色の髪に、髪の毛よりは明るめの茶色の瞳の東欧から中東的な様相の顔立ちをしていた。
まあ、二人とも美形だという点は共通していたのだけどね。
「ちょっと!その言い方ではわたくしが子飼いの者を引き連れて回っているようではありませんか!それに騎士団の者たちとだって互角に打ち合うことができるのですから、自分の身くらいは自分で守れますわ!」
しかし、その言い方が気に食わなかったのか、ミルファシアさんが苦情を申し立て始めた。
というか騎士さんたちと互角に戦えるって凄いね、このお嬢様。
「大体あなたはコムステア侯爵家の次期当主筆頭であり、将来のわたくしのだ、旦那様になる予定なのですから、挨拶くらいしっかりとなさい」
と、何やら甘ったるい関係を暴露してしまっている縦巻ロールさん。
え?なにこれ、惚気?
それとも独り身で彼氏いない歴年齢のボクに対する嫌がらせですか?
「えっと、もしかして喧嘩を売られてる?使い道がなくて眠っているお金もあるし、それなりに高くても買っちゃいますよ?」
「いやいやいやいや!いきなり問答無用で力技にでようとするっていうのはどうなんだ!?」
「洒落にならんから勘弁してくれ!!」
ボクの一言に、それまで飄々としていたバルバロイさんが動揺した声を上げる。
だけど、それ以上に隊長さんや門番の騎士さんたちの方が慌てふためいていたのが気にかかります。ちょっと大げさに反応し過ぎだと思う……。
「ミルファシア様」
「は、はい!」
威厳だとか堅苦しい雰囲気を意識して呼びかけると、金髪お嬢様は敏感にその変化を感じ取ったのか背筋を伸ばして直立不動な体勢となった。
「城内の案内のために出向いてきたのはミルファシア様の独断ですね?」
「は、はい。その通りですわ」
「賓客という訳ではないので、少しくらいは我が儘を通しても構わないと思ったのでしょうが、命令系統を無視した横入りは組織の秩序を乱すことになります。何より、地位の高い者が無闇に我を通していると、下の者は何を、そして誰の言葉を信用して良いのかが分からなくなる。それは最悪、クンビーラを分断する事態へと繋がりかねない危険なことなのです」
淡々と告げると、ミルファシアさんの顔色は真っ青になって「わ、わたくしは……」と呟いていた。
極論だけど、そう言うことになるかもしれない可能性がある以上、クンビーラの姓を持つ彼女の立場ならば頭に置いておかなくてはいけない事例のはずだ。
「バルバロイ様にも問題はありますよ」
そんなお嬢様を心配そうに見つめながらも時折こちらに鋭い視線を向けてきていたバルバロイさんに、冷たい声でそう言い放つ。
「ミルファシア様の無作法を自分の責任に落とし込もうとしたのでしょうけど、そもそもそうなる以前に止めることがあなたの本来の役目であるはずです。違いますか?」
「……その通りだ」
「この先同様のことを繰り返すのであれば、あなたが口にしたように本当にただの腰巾着に成り下がりますよ」
「…………」
まあでも、そもそもあの台詞はミルファシアさんに突っ込みを入れさせ、さらには自爆を誘発させるための布石だったから、狙い通りに行っていたとも言えるんだよね。
これはボクの勝手な予想だけど、あの一連の流れは恐らく城内では鉄板ネタだったのだろう。
あの後自爆してしまっていることを教えて、彼女をショートさせてから場を離れるくらいの予定だったんじゃないかな。
そうすることでボクたちには突然現れた闖入者くらいに思わせて、責任の所在をあいまいにするつもりだったのだと考えられる。
でも、最初から害を与えることを目的としている場合には通用しないどころか絶好の的になってしまう。
もちろん、バルバロイさんが相手を見極めてからやらせてはいたのだろう。しかし、今回のボクのように何事にも例外はある。危険な橋ならば渡らせないのが一番なのだ。
さて、と……。実は少々困ったことになっています。
少しばかりイラッときたのでつい偉そうにお説教をしてしまった訳だけど、あっさりと二人をやり込めたことに隊長さんたちが目を丸くしていたのだ。
「リュカリュカ……。お前さん、一体何者だ?」
「ただの十等級冒険者ですよ」
そう答えると、何とも言えない胡乱な表情でこちらを見つめてきたのだった。
「失敬な!」と思いつつ、疑ってしまうのも無理はないかなとも思ってしまう。とはいえ、さっきの話も全て基本的には里っちゃんからの受け売りだから、そう言うより他はないんだよね。
ちなみに、どれも中学時代に生徒会のお手伝いをしていた時に聞いた話。
体育祭や文化祭など、生徒会が主体になって生徒を動かさなくちゃいけないことも多いのだけど、先生たちの指示とかもあって色々しっちゃかめっちゃかになってしまうことが多かったのだ。
横槍を入れられる形で手間取ってしまうこともあって、里っちゃんですら上手く物事を運べないなんていうことすらあった。
そんな苛立った彼女の愚痴を聞くのもボクの役目だったという訳です。というか愚痴でこんな小難しいことを語れるうちの従姉妹様は、一体どこを目指しているのやら……。
「ボクよりすごい人なんていくらでもいますよ」
完全無欠なその姿を思い浮かべながら、ため息まじりに呟く。
「飽くなき高みを目指すというのか……。支部長を始め、高位冒険者たちや冒険者協会が囲い込もうとするだけはあるな」
隊長さんの台詞からすると、デュランさんやおじいちゃんたちのせいでボクの評価がおかしなことになっている気がする……。
子犬や子猫に囲まれたいだけだったはずなのに、どうしてこうなってしまったのやら。