796 そこから先はアウト
杖の引き寄せという奇策を水パシャという奇策で打ち破ったことで、一転して人数の多いボクたちが圧倒的に優位に立つこととなった。
数が多いということはそれだけたくさんの行動ができるということでもあるためです。「戦いは数だ」と言った昔の偉い人、あなたは正しかった……。
まあ、物語だけではなくリアルの方でも歴史を紐解いていくと、その圧倒的な数量差や物量差を単騎で覆してしまう「主人公補正でもついてるの!?」と突っ込みたくなる理不尽存在がいたりするのだが、それはそれということで。
未だ体勢が整わないキューズへと真っ先に到達したのは、うちの遊撃隊長ことエッ君だ。ミルファやリーヴ、ついでにボクもすぐ近くまで来てはいるのだけれど、いかんせん装備品の重量もあってどうしても出遅れてしまうのだ。
だけど、離れていてもできることはある。
「やっちゃえ、エッ君!」
「なめるな!そう何度も同じ手をくらわばぁ!?」
腕を斬り落とされた記憶がまだ鮮明に残っていたのか、ボクの声に反応してこちらを警戒するキューズの無防備なお腹にエッ君のまんまるボディが突き刺さる。
少しくらい気を逸らせれば御の字程度にしか考えていなかったのだけれど、想像以上にてきめんな効果となったわね。
もしかしてこれまでずっと黒幕的な立ち位置に終始したから、実戦での探り合いや読み合いに疎くなっているのかしらん?
ポートル学園での教官採用試験で試験官を含めて圧倒したというのも、その方式が彼にとって有利だったから、という可能性もありそうだ。
ほら、西部劇の早撃ち勝負をするガンマンよろしく互いに距離を取り合って魔法を放つやり方であれば、単純に魔力が高い方が強いことになりやすいからね。
「お、のれ……、ガフッ!?」
やられた分はやり返してやると憎悪に染まった顔をエッ君へと向けたキューズの肩に、深々と矢が突き刺さっていた。
弓矢という武器の特性上真っ先に攻撃を仕掛けることもできたというのに、仲間との連携やフォローを優先させるだなんてトレアは技巧派だなあ。
強制的にくの字に折り曲げられた体をこれまた強制的に戻されて、キューズが再び無防備な姿勢をさらす。
当然その好機を逃したりはしない。ミルファが二刀で軽やかに斬り付けながら走り抜ければ、続くリーヴが剣の腹を使って渾身の力でもってキューズが引き寄せた杖を殴りつける。
メギッ!とへし折れる音がしたので、使用不可能とまではいかなくても杖の持つ力を大きく削ぐことができたはず。
「【ピアス】!」
ボクはというとトレアの矢が突き立ったのと反対側の肩口を闘技で突いて、すぐさまバックステップで距離を取る。
多対一で似通った大きさを相手にする場合は位置取りが課題となるなあ。毎度毎度今回のように近寄った順に攻撃すればよいという展開にはならないだろうから、フォーメーション的なものを考えておかないといけない。
「ゲッハア!」
そうこうしている間にネイトの【アースボール】がキューズの腹部――ちょうどエッ君が埋まっていた所だわね――に命中し、爆散の勢いで吹っ飛んで行ったのだった。
……はい、すみません。認めます。この時点で「勝ったな!」とか思って油断してしまいました。魔法使いを相手に距離を開けるのは、攻撃してくれと言っているようなものだというのに。
言い訳をさせてもらえるのであれば、あんなこすっからい真似をしてくるとは夢にも思わなかった。
「【ファイヤーニードル】」
まさか吹っ飛ばされて倒れた格好のまま魔法を使用してくるだなんて!
しかも魔法を使用した目安となる名称――『OAW』では魔法も闘技も無言で使用することができるよ――をボソッと小声で呟くなんて、プレイヤー側ならばともかくNPCの、しかもボス級の相手がやっていい小技ではないでしょうに!
「うそっ!?」
「みんな、急いでリーヴの近くへ!」
ネイトの声に導かれるようにして移動するも、リーヴが広範囲防御を展開するより敵の放った火の針の大群が落ちてくる方が早かった。
「うっ!」
「く……」
懸命に武器を振るって叩き落そうとしてみたが、まさに焼け石に水で触れるそばからボクたちのHPを削いでいく。
くさってもオーパーツ山盛りな古代の国の技術の一部を用いて作られたホムンクルスなだけはあるということか。初級の範囲魔法一発で形勢を逆転されることになるだなんて。
もしも【クレバーウォール】が最後まで間に合わなければ、これだけでボクたちは壊滅に近い状態に追いやられていたかもしれない。
「……まあ、ね。今回はこちらにも油断があったから、勝利への執念ゆえだったということにしておいてあげましょうか」
睨みつけながら言うと、キューズのフードに隠れていない口がニヤアと赤黒い三日月を形作る。
ああ、なるほど。それがこいつの本性なのね。卑怯だとか小賢しいだとか思われようとも、勝つためであれば奇策を用いることに忌避感がないのだ。
まあ、その点はボクにも似たような部分があるから否定はしない。現に今だってすぐに反撃には移らずにこうして睨み合っているのは、ネイトがみんなを治療する時間を稼ぐという意味合いがあるからだ。
ただし、キューズの場合はわざと奇策を用いることで相手を驚かせたり動揺させたり怒らせたりしている面があった。
元々は平常心を奪って戦いを有利に運ぶための手段だったのかもしれないが、さっきのあの嫌らしい笑い方を見るに、今では相手の心をかき乱すことそれ自体が目的になってしまっているように思える。
やれやれ。人が嫌がっている姿を見て快楽を覚えるとか危険すぎるでしょう。
やっぱりあいつはこの場で倒しておかないといけない。
改めて決意したのはいいけれど、そんな気持ちだけで勝てるほど世の中は甘くない訳でして。あちらは遠距離攻撃が得意な魔法使いで、能力だけは凄腕と言って差支えのない実力者だ。
本性を現したことで駆け引きが苦手だったこともリセットされているだろう。
単純にこちらが勝っている人数の多さ、つまりは手数の多さを上手く活かしながら徐々に削っていくしかない。
うーみゅ……。集中を維持し続けられるかどうかがカギとなりそうだわね。長期戦になるのも間違いないだろうし、気の抜けないハードな時間が続くなあ……。




