795 あなたを否定する
「ぐ……。おのれ、貴様ら。良くも私をコケにしてくれたな」
おっと、お喋りはここまでのようだ。ようやくキューズが痛みから立ち直って……、残った片手で腰をさすっているあたり、完全回復には程遠いのかもしれない。
というか、回復魔法は使えないのかしらん?だとすればまた少し勝ちの目が増えたかな。
頭の中でそんな分析を行いながら、ふっと嘲笑う表情をキューズへと向ける。
「先に来ていた相手に挨拶の一つもない礼儀知らずが何か言ったところで、痛くもかゆくもないね」
むかつきはするかもしれないけれど、まあ、それはそれということで。
「先に、だと……?フッ。冗談も大概にするのだな。この私ですらこの遺跡の入口を見つけることはできなかったというのに、貴様のような小娘が入り込めるはずがなかろう」
わーお、鼻で笑われてしまったよ。というか、相も変わらずいきなり強制召喚で遺跡の中にやって来られたことで頭がいっぱいになっているみたいだ。
自分がどうして召喚されたのかすら理解できていない――ちゃんと音声で指令を出していたのにねえ。哀れだわ、こんぴーた――のではないかしら。
「くすくすくす。古臭い骨董品はこれだから嫌よねえ。そんな何の根拠もないものを本気で正しいと思い込んでいるんだもの。あ、それとも長時間の稼働で色々とガタついているのかしら?主にお頭の方面が」
「この私が骨董品だと!?」
そこで軽く嘲笑してやると、あっさりとブチ切れてしまう。煽り耐性低過ぎでしょう。
いや、どちらかと言えば情緒が不安定になっているのかな?長い年月で保存状態が悪化していったのか、それとも長期間の稼働で徐々に損耗していったのか、どちらが正解かは不明だが、これは本格的に劣化しているとみて間違いなさそう。
「大昔に滅んだ国の遺産を追い求めるなんて、どう言い繕ったとしても骨董品の思考だと思うけれど?」
先に言っておくと古いものや昔のものは全て必要ない、などとぶっ飛んだ極端な理論を振りかざすつもりはないからね。
成功も失敗も良いも悪いもひっくるめて、過去を積み重ねてきた上に今があるのだ。温故知新の言葉ではないけれど、新しいものを生み出すためには古いものが絶対に必要になってくると思っていますよ。
だけどその一方で、どんなに進んでいたとしても再び日の当たる場所へと持ってきてはいけないものもある。
例えば兵器。それが存在するだけでそれこそ争いの種となってしまうことだろう。
例えば妄執じみた思想。既にこの世界は様々な物事が大きく移り変わっている。そんなところに――忘れ去られていた――昔々の考えを持ち込んだところで、諍いや禍にしかならない。
「百歩譲って参考にするだけというならともかく、恩着せがましく押し付けてきてしかもありがたく受け入れろとか、迷惑以外の何物でもないのよ」
「優れた彼の国の統治を否定するとは、なんという愚かな」
「愚かで結構。既に舞台では役者も脚本も全てが異なる新たな演目が上演されているの。終幕して舞台から下ろされた物は必要ない」
脚本然り舞台装置然り、そして演者然りなのだ。
「キューズ、ボクはあなたを否定する。これからの世界に過去の栄華に囚われた遺物はいらない」
本来は存在しないはずのイレギュラーな役者には、そろそろ退場してもらおうか。
龍爪剣斧の切っ先を突き付けるようにすると、深く被ったフードで見えないはずのキューズの目に憎しみの光が宿ったように感じられた。
さあ、戦いの再開だ。
「私と敵対したこと、そして偉大なる国の再来を拒否したことを後悔しながら死ぬがいい!」
「全員攻撃にだけ専念して!受けに回った時点でこちらの負けになるから、押して押して押しまくるよ!」
実はこうやって長々と話していたことには訳がある。キューズの目的を探ることもその一つだが、片腕を切り落としたことで少しずつ衰弱しないかと様子見をしていたのだ。
結果としては後退することはなかったけれど進展もなかった、というところかな。残念ながら四肢を落とされたことによる継続ダメージは発生しなかったもようです。
まあ、某有名バトル漫画のキャラのごとく、気合と共に切り口から腕が生えなかっただけでもマシというところかな。
そんな訳で、依然としてあちらの方が格上であることに間違いはない。特に魔法攻撃はボクたちの最大防御力を誇るリーヴであっても打ち破られかねない危険なものだ。
先の仲間への指示も防御を捨てたとかではなく、いっそのこと全員で攻撃を行い、あちらを防御一辺倒へと押し込んで攻撃する機会を奪ってやる方がかえって安全ではないかと考えた上でのものとなる。
さて、その判断の結果はいかに?
最初に動いたのはキューズだった。部屋の隅へと蹴飛ばして転がした杖へと残った手を伸ばすと、
「戻れ!」
といった次の瞬間、その手の中に杖が飛び込んでいたのだった。
なにその便利機能!?思わず「ズルい!」と叫びそうになってしまったよ。しかし、同時にこのひと手間がボクたちを救うこととなる。
杖を手にしたことで魔力が増したキューズは、すぐさま攻撃魔法の詠唱に入る。
「【ファイヤード――」
「させないよ。【湧水】!」
「――ぶはっ!?な、なんだと!?」
ボクがやったのはいつぞやにクンビーラ公主様たちに向かって使用したのと同じ、生活魔法で水を生み出して顔面にパシャっとするというものだ。
発動までの時間が短いという利点があるけれど、本来は飲み水等に使用する水を生み出すものなので攻撃力は皆無だし、何より生み出せる範囲が狭い。
今回はキューズが杖を取り戻すことを優先したことで、やつの顔がギリギリで発生範囲に入る位置にまで近づくことができたのだった。
つまり、仮に杖なしで魔法攻撃を優先させられていた場合、ボクたちは防御もしくは回避を行う必要があり、計画をあっという間にご破算にされていた可能性が高かったという訳。
初手を潰すというのは、相手を勢いづかせないための有効な手段だ。また、予想外の奇策は相手の心をへし折るのに役立つ。
杖の遠隔操作は後者に当たり、恐らくキューズはそれをしてもなお自分の方が早いと想定していたのだろう。
しかし、ボクの生活魔法での妨害という奇策によって阻まれてしまったのだった。
おおう!改めて解説してみると、初動からハイレベルな攻防が繰り広げられているではありませんか!
まあ、やっていることは顔に水パシャなのだけれどね。




