784 用意してました
あっちやこっちやそっちでも、関連するところには必ず登場してきていたからね。遺跡と言えば緋晶玉、『大陸統一国家』と言えば緋晶玉というのがボクたちパーティーの共通認識となっていた。
先ほどのネイトの言葉ではないけれど、違う物だった方が驚くというものだ。
その緋晶玉の当てですが、密かにアイテムボックスの奥にこっそりと隠し持っていたのだ!
そう、こんなこともあろうかと!
……などということはなく。
いや、天然物の蓄魔石というものは魔力に反応する火薬のようなもので危険物なのよ。冒険者ということで多少は目こぼししてもらえることもあるけれど、表向きには持ち込み禁止となっている場所なども多いのだ。
特に良好とはいえない同士の国境ともなれば検閲なども厳しくなる訳でして。
お忘れかもしれないけれど、クンビーラは約百年前に起きた『三国戦争』で、三つの大国の軍勢に取り囲まれながらも生き延びたという経緯がある。そして今でもそれらの国々とは正式な国交は結ばれてはいないままなのだ。
要するに『水卿公国アキューエリオス』への入国時に余計な警戒感を抱かせないために、危険物扱いされそうな物はあらかじめ処分しておいたのですよ。
まあ、それ以前に『火卿帝国フレイムタン』からクンビーラ近郊にワープするという荒業のために、手持ちの緋晶玉は全部アコにあげてしまっていたのだけれどね。
それではこちらの国に来てから入手していたのか?残念ながら答えはノーとなる。
タカ派の軍閥貴族たちが隠し持っていたならばその機会があったかもしれないが、彼らが隠していたのは裏帳簿といった私腹を肥やすための不正の類だった。
恐らくはキューズが持っているかもしれない物は別として、この国には緋晶玉が存在していない可能性が高かった。
しかし、解決策はあった。
存在しないのなら作成してしまえばいいのだ!
うん。とっても力業だということは認める。そして誰にでもできる手段ではないこともね。
肝心の緋晶玉の作り方についてだけれど、はっきり言ってアコ頼みです。ダンジョンコアであるこの子は、過去に自分の迷宮にあったものを再現できるという能力を持っていた。
アコと出会った時のことを思い出して欲しい。疑似ダンジョンマスターによって支配されていたあの迷宮では、緋晶玉が採掘できるようにされていたのだ。
はい、察しのいいそこのあなた。その通りです。何とアコは緋晶玉を作ることができたのです!
まあ、相応の対価は必要になるから無尽蔵に使える方法ではないのだけれどね。
実はゴーストシップサルベージの社屋でビンスたちから隠し通路の先が行き止まりになっている、という話を聞いた時から必要になるのではないかと準備を始めていたのだ。
社員たちと遊ぶ、ではなく対戦した時にアコが参加していなかったのはこのためだったという訳。
「そしてこちらが出来たてほやほやの緋晶玉になります!」
ぱんぱかぱーん!と効果音が付きそうな調子で取り出したそれを頭上高く掲げてみると、ビンスとベンが「おおー」と感嘆の声を漏らしながら拍手をしてくれる。ノリのいい人たちは嫌いじゃないですよ。
「むむむ……。それだけの大きさに純度となると相当な魔力を宿しておるな。この遺跡を再起動させるくらいなら申し分ないだろう」
アコが作ってくれた緋晶玉は成人男性の拳よりも一回り大きく、謎な明かりを受けて深紅に輝いていた。長命なドラゴンのお墨付きとなれば、効果のほどは安心だね。
ただ、
「本当に再起動させちゃってもいいのかな?」
心の中ではいまだに不安が渦巻いていた。
ここに来るまでに覚悟を決めてきたつもりだったのだが、いざ休眠状態だということを知らされたことで、「下手に触れずにこのまま放置しておいた方が良いのではないか?」とか「再起動させたことで街に被害が発生してしまうのではないか?」といった懸念が浮かび上がってくることになったのだった。
「心配する気持ちはもっともだが、そなたたちと敵対している者もまた緋晶玉を持っているのだろう?」
「かなり以前から遺跡のことや『大陸統一国家』のことを研究していたようだから、多分ね」
緋晶玉が鍵になることを知っていたと考えられるので、入手していた可能性は非常に高い。
加えて、他国で出会ったローブの人物たちも緋晶玉に固執していたから、やつらとキューズの間に何らかの繋がりがあるとすれば、そちら方面からも緋晶玉についての情報を得ていたかもしれない。
「ふむ。ならば遅かれ早かれ遺跡の再起動は成されることになるのではないか。しかもやつはそなたとは違って悪用するつもりなのであろう?ならば先んじて破壊するなり隠匿してしまうなりして、手出しができないようにするよりほかあるまいよ」
水龍さんの言葉にミルファとネイトも頷いて寄こす。
確かに、ボクたちが引いたからと言ってキューズが諦める理由にはならない。それどころか嬉々として遺跡を攻略して太古の遺物を手に入れることだろう。
結局、悩んでみたところでやるべきことに変わらないのだ。
「はあ。日和ってる場合じゃないってことね」
「ええ。そんな暇があるなら少しでも先に進むべきですわ」
「リュカリュカ、厳しいようですがあなたは既に動き出しているのです。しっかりと終局に導くのも始めた者の責務ですよ」
やれやれ。二人とも耳に痛い台詞ですこと。発破をかけようとしてくれているのも分かるのだけれど、もう少しオブラートに包んだ優しい言葉にしてもらいたいものだわよ?
「仕方ない。さっさと再起動させて、今度は完全停止するようにぶっ壊すとしますか」
「そういえばリュカリュカさんたちの目的は遺跡の遺物をぶっ壊すことだったな」
「ぶっ壊すために再起動させるとか、この遺跡を作ったやつが聞いたら涙目になりそうだぜ……」
悪用できるものがなければその限りではないけれどさ。でも、基本的に道具なんて使い方次第では便利器具にも狂気にもなってしまうものだからねえ。
古代の技術者たちには悪いが、草葉の陰で泣いてもらうことになるだろう。
「ボクにとっては今を生きている人たちの方が大事だもの」
「ああ、そいつは違えねえわな」
「昔のお偉いさんが俺たちに何かしてくれるってこともねえし」
死霊になってまで世界を支配しようと企んでいるから、話の展開次第では迷惑を掛けられる可能性はあるけれどね。




