783 凝った仕掛け
トレアが発見した壁面の微かな凹凸だが、当然このままでは何も分からない。それ以前にケンタウロス状態のトレア並みの二メートルを超える長身か、もしくは水龍さんのように宙に浮かぶ手段を持ってでもいなければ触れることすら難しいのだけれど。
実はこういう謎解き系が好きなリーヴはとっても残念そうにしていた。
「罠はなさそうかな」
技能の〔鑑定〕と〔警戒〕を併用して疑似的に罠の有無を調べてみたのだけれど、それらしき気配はなかった。
もっとも、疑似的な代用品な上に使用者がその道の本職ではないボクだからねえ。発見できなかったという可能性も相応にあるので用心は続けなくてはいけない。
さて、位置的に触れるのが難しいとなると、それ以外の方法で読み解けるような仕掛けになっていると予想されます。
「触る以外の方法?」
そうした仕掛けとは縁遠いビンスとベン、そして水龍さんの三人がボクの言葉に首を傾げている。
まあ、片や孤児とはいえ大陸有数の港湾都市であるバーゴの街で生まれ育ってきた連中であり、片や弱肉強食なウィスシー生態系のトップに君臨するドラゴンなのだから、当たり前と言えば当たり前の話なのだけれど。
「例えば、明かりで照らして凹凸の影を生み出すとか」
クンビーラ近郊の地下遺跡で、同行してくれていたカンサイ弁エルフ娘ことエルが仕掛け――のヒント――を発見した手法がこれだ。
そういえば遺跡の内部へと入り込んだはいいけれど行き止まりになっているところだとか、壁に微かな凹凸が刻まれていたことだとか、あの時と今はなかなかに状況が似ていると言えなくもないかもしれないね。
ただ、クンビーラ近くの地下遺跡は真っ暗闇だったから明かりが非常に効果的であり、だからこそわずかなデコボコの影ですら見つけ出すことができたのだ。
対して今は天井から壁から床からすべてがほのかに明るいという謎な状態となっている。
動いたり話したりする分には便利なこの状態も、影を浮かび上がらせるという一点に関しては不向きとなってしまう。
「そうなると、さらに別な方法ということになりますのね」
ミルファの言葉に考え込むみんな。先に進むことを優先して、街中での情報収集をおざなりにしたことがこんな形で影響してくるとは想定外もいいところだったね。
でもねえ、悪目立ちするとキューズと通じている貴族たちに目を付けられる危険があったし、ヴァルゴ領の領主経由でボクたちの居場所が大公様やジェミニ侯爵にバレてしまう可能性もあった。
仮にバーゴ到着時点からやり直しになっても、街中での情報収集はそれなりで切り上げることになると思う。
悩みながらふと顔を上げると、壁の一部が濡れているのが見えた。
件の微かな凹凸を水龍さんが警戒感も危機意識も皆無で触れた際に、彼を覆っていた水の球が触れた個所の一部がまだ乾いていなかったのだろう。
「あれ?……これってアリなのでは?」
古典的ではあるが、水で濡らすことで隠されていた文字や図形が浮かび上がってくるというのは謎解きの定番の一つだろう。
しかもちょうどおあつらえ向きに真下には水没した隠し通路に繋がる穴がある。つまり、壁にぶちまけるための水は豊富にあるということだ。
「壁に水をかけて濡らす?そんなことで本当に上手くいくのか?」
「これが正解だ!なんて自信を持って言える訳じゃないかな。だけどさ、試してみないと間違っているのかどうかすら分からない」
「それはそうなんろうけどよ……」
「それにね、間違っていた時はまた別の方法を探せばいいだけのことだよ」
幸いにもどこにも警告文の類は見えないから、何回以内だとか何分以内に正解しなくてはいけないといった制限はないはずだ。
下手な鉄砲ではないけれど、当たるまで撃ち続けることができればこちらの勝ちだと言える。
ニヤリと笑いながら言いきってやると、そうした発想はなかったのかビンスとベンは目を丸くして驚くのだった。
まあ、トライアンドエラーを繰り返す機会なんて、普段の日常生活を送る中ではそうそうあるものではない。どちらかと言えば、逆に一度で正解に辿り着くことを求められることの方が多いくらいだからねえ。
うおっと!愚痴を言っている暇があるなら体を動かそう。キューズという後追いが存在している以上、今のボクたちには別の意味で時間的な制限はあるのだから。
然して、ボクの予想は的中していた。目視では気付けないほどの微かな凹凸は、水を含むことで文字となって表れたのだ。
しかし、
「うーん……。まさかこれだけの環境を維持してるっていうのに、休眠状態になっているとは思わなかったわ」
なんとこのバーゴの遺跡、外部も内部も風化の兆しもないどころか謎の明かりという不思議設備まで稼働しているというのに、休眠状態なのだという。
そして、奥に進むためには燃料になるとあるアイテムを使って本格的な再起動を行う必要があるらしい。
「わざわざ本格的な、なんてつけてるくらいだから、再起動すれば当然防衛用の戦力なんかも動き出しそう。起動させた人に従うような設定になっているならラッキーだけど、多分違うよねえ……」
恐らくは血筋とかで、正統な後継者や持ち主であることを証明しなくてはいけなくなっているだろう。
「二人とも、両親や親族の形見とか持ってない?」
ボクからの唐突な問いかけに、ビンスとベンは頭上に複数の?を浮かべながらも首を横に振ったのだった。
あらら。「実は二人がやんごとない血を引いていて、隠し通路の入り口を見つけることができたのもそれに起因していたのだ!」「な、なんだってー!?」という流れではなかったらしい。残念。
残るそれらしい人と言えば、ヴァルゴ領出身の下級貴族で類まれなる爆の持ち主ことジーナちゃんが思い浮かぶ。
が、彼女は現在ウィスシーを挟んだ首都に居るので、お手伝いをお願いすることはできない。
「ふむ?しかしそちらの心配よりも、燃料になるアイテムとやらのことを考えるべきではないのか?名前はおろかどのような代物なのかすら記されておらぬのだぞ」
尻尾でその一文を指し示しながら、水龍さんが尋ねてくる。至極ごもっともな疑問だが、そちらに関しては当てがあり、実はもう準備を行っていた。
「十中八九、緋晶玉ですわね」
「むしろ違うアイテムだった方が驚きですよ」
さすがは長い付き合いだけあって、ミルファとネイトも同意見だったようです。




