771 カツうどん食べる?
「待ってくれ!ちょっと整理する時間をくれないか!」
話にはついてこられていたけれど理解力の方が限界に達したのか、ヴェンジ社長が両手を前に突き出しながら制止を求めてくる。ある意味ちょうど区切りのよいところだったのでいったん休憩にしましょうか。
そういえばアジト、何と言うかこういう呼び方をするのが一番しっくり来てしまうわね。小型とはいえ灯台という公共性の高い施設なのに……。
とにかく、ゴーストシップサルベージ社が社屋としてい利用している灯台へと戻ってきてそのままビンスとベンの尋問会へと突入してしまったから、お昼ご飯もまだ食べることができていなかったのよね。
何か適当な料理はなかったかしら?とアイテムボックスの中をガサゴソしてみる。
いや、実際は一覧を表示させて眺めているだけなのだけれどさ。
「あ、カツうどんがあった」
いつの間にか『猟犬のあくび亭』の名物料理になっていたこともあって、頻繁に差し入れしてくれていたのだが、どうやらその一部が残っていたようだ。
超常現象を引き起こす魔法や離れた場所へと一瞬で移動できる『転移門』の技術に並んで、アイテムボックス関連のあれやこれや――サイズや重さを無視して収納できるとか、内部では時間が停止しているだとか――もリアルでは再現できないものの一つだよね。
「え?カツうどんですの!?」
「まだ残っていたのですか!?」
その呟きに耳ざとく反応した者たちがいた。ミルファとネイトだ。これまでボクに説明を一任して、一歩引いた所から事の成り行きを見守っていたのだった。
仮にヴェンジ社長が社員二人に鉄拳制裁でも行おうとしたならば、即座に止めに入れるように準備していたはずだ。結果的に出番はなかったのだが、それはそれで穏便に話し合いができたという証左でもあるから問題なしです。
「リュカリュカ、本当にカツうどんが残っていますの!?」
そんな二人に現在詰め寄られていたりするのだけれど。
あれ?おかしいな?ボクの影響もあって二人とも舌が肥えている面はあったけれど、決して食いしん坊キャラだとか腹ペコキャラという訳ではなかったはずなのに……?
「ちょ、ちょっと待ってよ。今確認するから。……うん。ここで振る舞っても大丈夫な数があるよ」
さすがにこの状況でボクたちだけが食べるという訳にはいかないからね。それを聞いた瞬間悲しそうな顔をした二人だったが、すぐに言葉の意味を理解して感情を落ち着かせたようだ。
そうなると直前の行動のぶしつけさにも思い至ってしまったらしく、気まずげプラス気恥ずかしげな顔になってしまうのだった。
そしてゴーストシップサルベージ社の面々も驚いて目を丸くしてしまっている。それだけミルファたちの勢いがものすごかったということなのだが、先ほどからこんな顔ばかりしているような?
というかこの微妙な空気が蔓延している状況を、ボクが取りなさないといけないのでせうかね?
ミルファとネイトに任せるのは恥の上塗りをさせるようなものだし、ボクがやるしかないのか……。
「これから出す料理はボクたちにとって慣れ親しんだ故郷の味?みたいなものでして……」
考えてみれば『水卿公国アキューエリオス』に来てもう随分と経つ。その気になればリアルでも食べることができるボクとは違い、ミルファとネイトがあちらに居た頃はよく食べていたカツうどんを恋しく感じるのも当然と言えば当然の話だった。
まあ、うどんもソイソースもボクがきっかけとなって広まったものだから、正確には故郷の味に該当するのか微妙なところだし、それを言ってしまえばクンビーラが故郷なのはミルファだけなのだけれどね。
それでも冒険者として各地を旅して回っていると伝えていたからなのか、望郷の念ということで好意的に受け止めてもらえたのだった。
そのカツうどんですが、
「美味ええええええええ!!!?」
「はぐはぐはぐはぐ!」
「がつがつがつがつ!」
「ね、ねえ、あんたたち。これの作り方を教えてもらえたりはできないかい?」
とっても大好評でした。
もちろんカーシーさんの要望にはお応えしたよ。遺跡の中に入るためには引き続き彼らの協力が必要になりそうだし、次の一手のための布石というやつです。
もっとも、現状ソイソースは『風卿エリア』でしか作られていないため簡単には手に入らない。よってアレンジ必須ということになるのだけれど。
後、交流が盛んになった時に揉めたりしないように、元祖はクンビーラだと明確にするように念押ししておいた。まあ、元祖直伝をうたうくらいであればあちらの皆も融通してくれるでしょう。
多少ドタバタがあったものの、間を開けることで気持ちをリセットすることには役立ったらしい。食事を終える頃にはヴェンジ社長たちも全員落ち着きを取り戻していた。
「話をまとめると、そこの遺跡にはとんでもなく危険な兵器が隠されているかもしれない、ってことで合ってるか?」
「イエス」
「だけど、そうじゃない遺跡だってあるんだろう?決めつけるのは早計ってものじゃないのかい?」
「盗掘にあって根こそぎ奪われた後だとか、維持できずに崩壊してしまった遺跡ならそうでしょうね。でも、バーゴの遺跡はそれには当てはまりませんよ」
カーシーさんの疑問には首を横に振らざるを得ない。何せ遺跡外観に使用されている建材に風化の予兆すら見受けられないのだ。まず間違いなくこの遺跡はまだ生きている。
「隠し通路の先が行き止まりになっていたのも、カギとなるものを認知するシステムが稼働しているからでしょう。そうなると侵入者撃退用の何かもまた残されていると考えるべきですね」
武力制圧のためのゴーレムあたりが本命だけれど、転移装置があったと思われる遺跡だから強制的に外部へと転移させる罠のようなものがあるかもしれない。
いずれにしても悪用は十分に可能だから、キューズ以外でも物騒な考えを持った連中に渡るのは絶対に避けたい展開だ。
「そんな危ねえもんを狙ってるやべーやつが、この街にやって来るのかよ……」
苦虫を大量に噛み潰してしまったような顔で呻くヴェンジ社長。その気持ちはよく分かるよ。
できることならそのまま回れ右してお引き取りを願いたいよね。もしくは街へと侵入される前に追い返すか。
でも、向こうも邪魔をされないように変装するといった対策を練っていると考えられるので、街への侵入を防ぐのは難しいだろう。
「最後にもう一個だけ教えてくれ。そんな危険なものを嬢ちゃんたちはどうするつもりだ?」
「え?もちろんぶっ壊しますけど」