77 料理長さんの経歴
公主様夫妻という下町の宿屋ではあり得ない場違いなお客様方がお帰りになられあそばした後、ボクは料理長さんと女将さんをジーッとジト目で見続けていた。
「……はあ。分かった。ちゃんと説明するからそんな目で見ないでくれ」
「うぃ」
と、とうとう根負けした料理長さんの語ってくれた話によると……。
元々彼は料理人になるという夢をもって近くの村からクンビーラへとやって来たそうなのだけど、伝手もコネもない状態で働かせてくれる所などそうはなかった。
そこで目を付けたのがちょうど折よく募集していた騎士団の厨房係だったそうだ。
ところが!当時の採用担当者が体格の良い彼を見て、一般騎士への応募だと勘違いしてしまいそのまま騎士に。その後あれよあれよという間に功績を上げていき、騎士団長にまで上り詰めてしまったらしい。
それでもやっぱり料理人になる夢を諦めきれずに、女将さん――当時は看板娘――との結婚を機に騎士団を辞めて、晴れて『猟犬のあくび亭』で料理作りを担当することになったのでした。
「騎士団長だった時に、お慰めに簡単な食い物を作ったのが失敗の元だ……」
公主なんて地位に就いていると、毒見の関係で碌に暖かいものも食べることができないので、料理長さんが当時作ったホットサンドに大層感銘を受け、それ以来すっかりと彼の作る料理のファンになってしまったのだとか。
「結婚式にお祝いのお言葉を頂いた時も驚いたけど、下級貴族のふりをして一人お供に連れただけで現れた時には心臓が止まるかと思ったさね……」
当時のことを思い出したのか、女将さんがぐったりした感じで呟いていた。
ちなみに、公主妃様を始めとした家族の方々もそれなりに制限のある食生活らしいのだけど、執務等の関係から公主様よりはマシな状態だったのだそうだ。
「だが、今日一緒にやって来たことを考えると……」
「これからは公主妃様の襲来にも備えないとダメそうですね」
料理長さんの言葉を継いでボクが言うと、二人は揃って大きなため息を吐いたのでした。
「ところで、リュカリュカ。城にはいつ行くつもりだ?」
公主様たちとの会見?のために移動させたテーブルをリーヴと一緒に運んでいると、料理長さんからそんな疑問が飛んでくる。
ちなみにエッ君は動くテーブルの上でバランスを取るという遊びをやっていた。時々転びそうになっていたので、ボクたちの方がハラハラでしたよ。
「なんとか誤魔化して行かない訳には――」
「いくらお忍びの間の話とはいっても、公主様直々にお呼びがかかったのだからそれは無理さね」
淡い希望は一瞬にして打ち砕かれてしまった。
「はあ……。それならできるだけ早めに終わらせることにします。とはいってもさすがに今からというのは無理だから、明日の朝にでも行ってみることにしましょうか」
ボクは元々、面倒事はできるだけ先延ばしにしたいタイプだ。だけど里っちゃんから「それをやってしまうと後で身動きが取れなくなってしまう」と散々注意された結果、できるだけ早急に終わらせるようになったのだ。
とはいえ、根っこのところが変わった訳じゃないから、とってもひたすらに憂鬱であることに変わりはなかったりする。
「そうか。それなら騎士団のやつが巡回に来た時にでも城に伝えてさせておこう」
「……お願いします」
なんとなく外堀から埋められているような気がする。
回答まで間があったのはそんな切ない心の有り様のためでした。
「それじゃあ、一旦部屋に戻ります。依頼された超低級ポーションも作らないといけないから」
「はいよ。夕飯時になったらいつも通り声を掛けることにするさね」
「はーい」
エッ君とリーヴの二人と連れ立って、すっかり自室と化している部屋へと向かう。
現在ボク以外に長期逗留客はおらず、というか一泊だけの短期のお泊り客自体も余りいなかったりするので、お宿の経営は大丈夫なのかとちょっと心配になってしまう。女将さん曰く、
「うちは食堂の方がメインだから、全くもって問題ないさね。むしろリュカリュカから教わったうどんやドレッシングのお陰で、最近は大幅な黒字になっているさね」
ということらしいので一安心したのはつい先日の話だ。
まあ、公主様がお忍びでやって来ているのだから、そう簡単につぶれることはないわよね。
余談だけど、普通の冒険者が長期逗留する時には、もっと値段が安い代わりにサービスも調度品の質も落ちる冒険者御用達の安宿に泊まることが一般的なのだそうだ。
プレイヤーの場合だと、戦闘をメインに遊んでいる人はレベルアップを兼ねてどんどんクエストを受けるという傾向にあるためか、旅から旅への生活になることが多いらしい。
一方で、生産活動をメインにしている人などの多くは、活動拠点となる建物を賃貸したり購入したりするのが第一目標となることが多いのだとか。
結果、宿屋に長逗留し続けるという人は意外と少ないそうだ。
「ただいまっと」
ほぼほぼプライベートな空間に帰って来たこともあって、この部屋に入るとついそう呟いてしまう。
とはいえ、ゆっくりくつろぐ暇もなく〔調薬〕の準備のために備え付けられた机に器材を取り出していく。
その間にもうちの子たちはいつもの通りな行動を取っていた。エッ君はベッドで飛び跳ねて遊び始め、リーヴは窓を開けると一通り外を警戒してから、その傍に立ちっぱなしとなっている。
一度「座ったらどう?」と進めたことがあったのだけど、ヒューマン用の椅子ではサイズが合わず、足が付かないので不安になってしまうということだった。
「それじゃあ、ボクはしばらく〔調薬〕をするから。エッ君、遊ぶのはいいけど、はしゃぎ過ぎないようにね」
釘を刺すと大きく体ごと頷いていたけど、相変わらず飛び跳ねたままだったので、果たしてどこまで理解しているものなのか不安です。
まあ、いざとなればリーヴもいるからそれほど心配はしていないのだけどね。
さてさて、〔調薬〕は一度成功すると、一括作成ができるようになる。
だけど当然落とし穴がありまして……。アイテム作成で極まれに発生する『大成功』――『クリティカル』その他の呼び名でも可――による高品質品が絶対にできないようになっている。
しかも、地味に失敗確率も上がっており、熟練度が低いと全ての材料を無駄にしてしまうことすらあるのだ。
実際ボクも超低級ポーションができたことで調子に乗って、雑草を二十個ほど暗黒物質にしてしまったことがある。
現在のボクの力量だと、確実に全て成功させられるのは十個くらいかな。『兜卵印の液状薬』が人気商品となってしまっている今、例え雑草といえども無駄にする訳にはいかないのですよ。
そんな訳で、ボクは黙々と雑草から超低級ポーションを作り続けたのだった。




