769 めんどうくさい人
若手社員が秘密を抱えていた。あらかじめ察していたこととはいえ、面倒を見ていた二人にとってはやはりショックだったようで、ヴェンジ社長は赤く、カーシーさんは青い顔色になっていた。
対してビンスとベンの二人は先ほどの言葉が失言だったと気が付いたのか、申し訳なさそうに俯きながらも固く口を閉ざしてしまったのだった。
「……これでも身内に引き取ったからにはよ、世間から後ろ指さされたりしねえようにしっかり世話をしてきたつもりだったんだけどな。はっ!とんだ空回りだったって訳だ!」
業を煮やしたヴェンジ社長が耐えきれずに自虐的な文句を漏らす。
「そ、そんなことは――」
「だったらどうして何も言わねえ!?」
さらに二人からの反論を許さずに一喝してしまう。
しまった!いじられキャラな面ばかりが目立つけれど、はみ出し者で荒くれの連中を束ねている人なのだ。しかも危険を承知でサルベージ業なんてものを立ち上げた剛の者でもある。
ただただ黙って見ていられるような性格をしているはずもなかった。
「まあまあ、落ち着いて下さい。責め立てるのも後悔するのも、その理由を聞き出してからでも遅くはないですよ」
このまま口論になってしまってはお互いにヒートアップして修復不可能になる言葉が飛び出しかねない。慌てて両者の間に割って入ると、すっかり頭に血が上っているヴェンジ社長をなだめて、大爆発を先延ばしにすることに成功したのだった。
その秘密にしていた理由だが、先にも述べたようにボクは「話すことをためらった」もしくは「話す必要がないと判断した」の二つを予想していた。
話すのをためらったとすれば、隠し通路の先で危険度の高いものを発見したという可能性が高い。それこそ死霊たちが跋扈する浮遊島へと続く――と思われる――転移装置を起動させるシステムだとか、もしかすると古代の超兵器があったのかもしれない。
わざわざ水中に通路を作ってあるのだから潜水艦的な代物とかありそう。
逆に話すほどのことではないと判断していた場合だが、これも話は単純で、通路を見つけたのはいいがその先は行き止まりだった、というオチだろう。
クンビーラ近郊にあった地下遺跡も、入口は隠されていたというか封鎖されていたからね。余所者が不用意に立ち入るのを防ぐ仕掛けがあるのはある意味当然ともいえる。
はてさて、今回はどちらだろうか?
どちらもあり得そうに思えるのが困りものだよねえ。ただ、どちらかといえば後者の方が確率は高いのではないかと目星を立てていた。
……ああ、でも、両方が絡み合っているという展開も考えられるのか。
遺跡内部へと向かう通路はこれまで一切見つかっていなかったのだ。例え行き止まりであっても歴史的大発見となる公算は高い。大騒ぎになることで世話になっている社長を始めとした仲間や先輩たちに迷惑がかかるくらいなら、秘密にしようとビンスたちが判断したとしても不思議ではない。
これ、言い含めるのは割と難問だよ。仮に若手二人の気遣いが発端だとしても、ヴェンジ社長やカーシーさんのような気風のいい人たちは頼られるのを喜びとしている部分があるからなあ……。逆にその気遣いを遠慮だと捉えるかもしれない。
それくらいならまだマシな方で、「信頼されていない」とネガティブに捉えて不快に感じることだってあり得てしまうのだ。
リーダーシップにあふれていて頼りがいがありそうな人でも、案外面倒な一面を持っていたりするものなのですよ。
ましてや今のヴェンジ社長は頭に血が上っている状態だ。さらに弱ったことに普段ならば彼をいさめる役回りを熟すはずのカーシーさんもまたショックで使い物にならなくなっている。
まあ、そのことで彼女を責めるのは少々酷なことだと思うので文句を言うつもりはないけれど。
ただ、副社長にサブリーダー、名前は何でもいいけれど正式に副官的なポジションを作っていなかったことについては後で苦言を呈するつもりだ。
これまではその役をなあなあで何となくカーシーさんがやってきたのだろう、そしてやれてきてしまったのだろうが、これからも今回のようなことが起きないとは限らない。
そういう時に責任をもってトップを宥めて抑えつつ間を取り持つ人は絶対に必要だ。
一見完璧に思える我が麗しの従姉妹こと里っちゃんですら、中学で生徒会長をしていた時分には暴走を仕掛けることがあったのだ。
そして雪っちゃんたち生徒会役員たちが時には文字通り体を張ってそれを押し止めていた。
ちなみにボクはイレギュラーメンバーなのをいいことに、勝手気ままなことをしては険悪な雰囲気を吹き飛ばしていました。
いや、あの時の生徒会メンバーは、里っちゃんを始め容姿も選考の対象だったのかと邪推してしまいたくなるほど美形揃いだったのよ。
なまじっか顔立ちがいいから、喧嘩腰での会話ともなるとはっきり言って近くに居るだけでも恐ろしく感じてしまうほどだった。思わず道化的な役回りをしていたのも当然というものなのです。
おっと、話が横道獣道を突き進んでしまった。ともかく、組織において副官というのはそれくらい重要で大切な役割であり、必要なポジションなのだ。
長々と説明をしてきたが、少しはボクの目前に立ちふさがるミッションがいかに困難なものなのかを理解してもらえる一助になったのであれば幸いだよ。
「状況をはっきりさせることから始めようか。二人は水中にある遺跡内部へと向かう隠し通路を発見した。ここまでは間違いないよね。で、ここからは再びボクの予想になるんだけど、その通路の先は行き止まりだったんじゃない?それでも発見したものがものだから、公にすると大騒ぎになって社長たちに迷惑をかけると考えてしまった」
一瞬、呆気にとられたような表情になった後、首を縦に振る二人。いやはや、本当に想像した通りの展開だったとは。
これまでのボクの行動が分析されている結果なのだろうけれど、ここまで見事に当たってしまうと思考誘導されているようでちょっと怖い。
そしてここにきてようやく秘密を貫く方がヴェンジ社長たちの心証を悪くするものなのだと気が付いたみたいだ。
とはいえ、これは相手が悪かったという面も大きいから、彼らにはそのまま他人への気遣いができる思いやりの心を持ち続けてもらいたいものです。




