754 キャパオーバー(物理)
キューズ教官が突然雲隠れした。
リアルであれば他人の空似だとか偶然ということも考えられるが、こちらはゲームの世界、創作の世界だ。まず間違いなく騒ぎを起こしている二伯爵と繋がりがあり、その行方は騒動の中心となっている彼らが引きこもっている領地だろう。
仮にボクたちが隠密行動に優れていたならば、直接そちらへと乗り込むというのも選択肢の一つとなったのだろうが、あいにくとそうした技能に長けているカンサイ弁のエルフたちの居場所はどちらも国外だ。
残念だけれど別の手を考える必要がある。
という訳で、一連の事件へのキューズの関連と次の行き先を明らかにするために、彼の私室をあさることにしたのだった。
しかし、いくらストレイキャッツを無力化する方法を発見するなどの貢献があったとしても、今のボクの立場は一学園生に過ぎない。ミルファたちパーティーメンバーを招集することは元より、単独で家探しをすることもできなかった。
「まあ、お目付け役の人がいるのは仕方ないとして……。どうしてみんなが付いてくるかな」
ボクの視線の先に居たのはトウィン兄さまやジャグ公子を始めとした生徒会役員たちにライレンティアちゃんとジーナちゃんを加えたいつものメンバーだった。
「何を言う。学園内で起きた事件に我々生徒会が出張るのは当然のことだ」
自信満々に答えるジャグ公子だったが、この時点でボクとは認識が異なっているのよね。
彼らはあくまでも実践魔法の教官であるキューズが姿を消したことを問題視していたからだ。ゆえに学園内の事件として捉えていた。
対してボクは前述した通り領地に引きこもっている二伯爵と呼応した動きだと考えている。つまりは国家の動乱の一部だとみなしていたという訳です。
まあ、プレイヤーとして一歩引いて冷静な視点を保持できていたため、という部分があったことは否定しないよ。だから彼らの思考が目の前のことにばかり向いてしまっているのは、ある意味仕方がないとも思う。
でもね。
「どう見ても明らかに人口密度が高すぎるでしょうが!」
実は彼らがついてきたことで護衛兼お目付け役の人たちが増員されてしまい、その結果リアルで言うところの八畳ほどの部屋に十人を超える数の人がたむろするという事態になってしまっていたのだ。
これでは探し物はおろか動くことすらままならないよ!
余談ですが、女性陣の二人からお願いされたということもあって講堂での一件以来、他の学園生の目がない時に限り彼らに対しては話し方を普段通りに改めていますですよ。
なんでもこちらの方が親密さを感じられるらしい。
まあ、丁寧な言葉遣いというものは相手に敬意を払って尊重するのと同時に、分かりやすく「あなたと私は――立場とかいろいろ――違いますよ」と線引きをすることでもあるからね。
彼女たち本物のお嬢様のように完全に癖になってしまっているならば話は別だが、そうでなければどことなく壁を感じても不思議ではないだろう。
実際、ボクもわざとそうしていた部分はあるし。離れることになった際に後ろ髪を引かれることがないように、偽りの身分による一時滞在に過ぎないと自身と周囲に示していたのよね。
いや、だってジェミニ侯爵も大公様たちもボクたちを取り込む気満々だったのだもの。協力するのは構わないけれど、紐付きになるつもりは毛頭ございませんので。
完全に対等とはいかなくても、ふりーだむな冒険者としては依頼主との関係はそれに近い状態は維持しておきたいのです。
閑話休題。狭い部屋に大人数が詰め込まれている目の前の惨状に、ついつい現実逃避してしまったよ。
リアルじゃなくてゲームの世界だけど。
「はあ……。これだけの人数がいるならば手分けをした方が早そうだね。兄さま、男性陣を連れてキューズ教官の職員寮の方の調査をお願いします」
現在ボクたちがいるのは学園内に与えられた研究室のような場所で、彼にはもう一つ生活の場所として職員寮に部屋が与えられていたのだ。
「待て。こちらの研究室の方が、明らかに重要度が高そうではないか」
こちらの指示に対して意見してきたのはミニスだ。
ちっ、気が付かれたか。というのは冗談で、実は男性陣に任せないといけない理由が存在していた。
「ボクたち年頃の女の子たちが異性の、しかもプライベートな部屋を探る訳にはいかないでしょうが」
貴族女子にスキャンダラスな噂が立つのはご法度なのです。場合によっては本当に一生を棒に振ることになりかねない。
ちなみに、重要度が低いだろうというミニスの指摘も当たっている。なぜなら同じ学園の敷地内にあるとはいえ、研究室の方がセキュリティ面でははるかに上だからだ。
もっとも、それを逆手にとって職員寮の部屋の方に重大なヒントが隠されている可能性も無きにしも非ずだったり。
「確かにその通りだね。分かった。そちらは我々に任せてもらおうか」
持つべきものは察しと物分かりのいい義理の兄カッコカリだわね。一応あちらの方が広いので、多くの人員が必要だろうという理由もある。
脳筋のローガーと雑事は人任せが基本なジャグ公子が含まれているので、人数差はあってなきようなものかもしれないけれど。
さて、男どもがいなくなって空間的な余裕もできたことだし、こちらも家探しを始めますか。
「研究の成果を盗まれたり奪われたりしないように罠が仕掛けられていることも考えられるから、怪しそうな物には直接触れたりしないようにしてね」
万が一に備えて回復薬等の準備はしているし、うちの子たちにも『ファーム』の中で待機してもらっているから、緊急事態にも対応できる、はず。
強いて問題点を挙げるとすれば、どれもこれもが怪しく見えてしまうということかしらね。案の定ライレンティアちゃんもジーナちゃんも手を伸ばして引っこめるという動きを繰り返していた。
うん。気持ちはよく分かるよ。『魔力増幅における魔物臓器の利用』なんてタイトルの本が本棚に平然と並べられていたり、机の上には『殺傷力を高める詠唱構築』なんて論文が広げられていたりしているからね!
いくら実践魔法の教官だったとはいえ、ダークでブラック過ぎじゃないかな。
マッドか!?
マッドなのか、この人!?




