750 思い知らせてやる、現実ってやつをな
ガン!ガラン!
「ひっ!?」
ボクが放り投げた初心者用ナイフは講堂の天井すれすれで大きく弧を描くと、騒ぎ立てているテニーレ嬢のすぐそばへと落下した。
よしっ!狙い通り。床に突き刺さらずに大きな音を立てて転がったのも、人目を集めるのに一役買ったようで密かにポイントが高いです。
「こ、この平民!いきなり何をなさいますの!?」
「死にたがってる人がたくさんいるようだから、ナイフを貸してあげようと思っただけですが何か?それと、平民なのはあなたたちの方だねえ」
わめきたてるテニーレ嬢、いや、テニーレにカツカツと足音を立てて近づきながら、さも当然のことのように答えてやる。
正確にはこの時点ではまだ貴族身分ははく奪されていないのだが、覆らない未来を突き付けてやるという意味であえて『平民』と言っておく。
「ささ、やるなら一思いにグサッとどうぞ。そんなナイフだけど頑丈さだけは折り紙付きだから、のどに力一杯突き立てるなら非力な元貴族のお嬢様たちでも苦しまずに死ねるでしょ」
耐久度無限ですから。あれ?そういえばこの初心者用ナイフをベースにして武器を鍛え上げようとするプレイヤーはいなかったのだろうか?
……誰からも聞いたことがない、というのがその答えなのかもしれないね。
だって、可能なら耐久度無限のまま高攻撃力を誇るロマンあふれるチート武器が完成したはずだ。話題に上らないはずがない。
仮にできたとしても、倒した魔物からの剥ぎ取りが不可になるといった強烈なデメリットが発生することになったのだろう。
閑話休題。さて、お坊ちゃまとお嬢ちゃんたちはというと、いきなり自刃を勧められたことで呆気に取られていた。
ハッ!やっぱり覚悟も何もなく未だに自分たちに価値があると思い込んでいるだけだったみたい。ここにきて自分たち優位の交渉ができると勘違いしているとか、思わず鼻で笑っちゃうね。
速度を緩めることなくテニーレの目前まで進んでいく。
「どうしたの?やらないの?死にたいんでしょう?そこまでして貫きたいものがあったのではないの?」
先ほどまでの怒りの炎はどこへ行ったのやら。今の彼女の瞳は怯えの感情一色に染まっていた。逃げたり暴れたりしないのであれば問題ない。
「分かっていないようだから改めて教えておいてあげる。ここに集められた君たちに対して、大公様をはじめ国の重鎮の方々は何一つとして期待をしていない。あなたたちに求められていることはただ一つ、領地に立てこもっている二伯爵と国民に譲歩はないと見せつけるため処刑されることだけなの」
ギロリと鋭い視線で射貫いてやれば、尻馬に乗って騒いでいたやつらは真っ青になっていた。
貴族位のはく奪なんていう厳しい刑罰がまかり通ろうとしている時点でそれくらいは気が付いてもらいたいものだわよ。
さらにテニーレの制服――さすがに魔改造ドレスではなかったよ――の襟首をつかんで顔がぶつかるほどの至近距離へと引き寄せる。
「そのことと公子様たちの慈悲を理解した上でそれでも死のうというのなら、今すぐここで自ら命を絶て」
言うだけ言って掴んだ手を緩めてやると、腰が抜けたのか彼女は崩れるようにしてその場にへたり込んでしまうのだった。
「な、なぜですか!?どうして私たちがこのような酷い罰を受けなくてはならないのですか!!」
一人の女の子が泣き叫ぶように問い質してくる。
あらあら、この場でそこまでぶっちゃけた質問をしてくるなんて、なかなかに胆力がある子ではありませんか。死を間近に感じたことで肝が据わった、もしくは開き直ったのかな。どちらにしても大事に育てることができれば一端以上の人材になるかもね。
女の子なので多分ライレンティアちゃんとジーナちゃんが担当となるだろうから、結構期待できそうな気がする。
それもこれも彼女を引き込むことができればの話となる。
これはちょっとばかり気合を入れて、しっかりと説明することにしましょうか。
「あなたたちの家が所属していた派閥が、国から見限られるのに足ることをやらかしてしまったから、だよ。数え上げていけばきりがないから、今は国を破滅させるところだった二つだけを教えてあげる」
自分たちの派閥が色々とやらかしていることは知っていたようだが、国を揺るがす危険にまで手を出しているとは想像もしていなかったようで、「嘘だろう!?」とか「そんな恐ろしいことを!?」といった困惑と驚愕に満ちた悲鳴があちこちから聞こえてきた。
「信じたくないならそれでも結構。ただし、事実は変わらないけどね」
と、ここでも彼らの側に選択肢があるかのように思わせておいてから、本題に入る。
「一つめ、『武闘都市ヴァジュラ』から非合法に入手した魔物を操る薬を使って、ジェミニ領の都市や町をストレイキャッツに襲わせようとしたこと。ちなみに、同じ薬で付近の魔物を集めてジェミニ侯爵の襲撃も行われているね」
「す、ストレイキャッツをけしかけただと!?」
「だが、どこも廃墟となったという話は聞かないぞ?」
「まあ、ストレイキャッツだしね。でたらめだと疑う気持ちは分からないではないよ。でも、ね……」
意味深に言葉を区切り、子猫たちが入れられている柵の方へと顔を向ける。すると察しの良い連中が目を見開き……、
「先に言っておくとあそこにいるのは普通の子猫たちだから」
パニックになるのはこちらの意図するところではないので、勘違いが発生する前に潰しておきます。
「でもね、君たちもよく知っている人たちは、そんな子猫たちを見て怯えていたのさ」
「まさか、あいつらはストレイキャッツを操っていたことを知っていたのか!?」
ピンポンピンポン大正解。決め手となったのは最後まで反抗的な態度を取り続けていたことだが、捕らえられた理由はそれだけではなかったのだよ。
「どう?それこそがストレイキャッツの件が真実だったという証明になると思うのだけど?」
反論できる糸口が見つからないのか静かになる講堂内。
「そうそう、幸いにもストレイキャッツについては対処法が確立できるかもしれなくてね。現在『冒険者協会』本部の主導で行われている実証実験のことを知っているある冒険者によって、無力化されたそうだよ」
嘘はついていないよ。ただ実証実験の開始と無力化の順番が逆になっているだけです。
 




