736 集まれ生徒会室
大人たちの粛清と大改革が進む一方で、ボクたちは学園生組はと言うと変わりのない学園生活を送りながらも、独自に噂話などをかき集めていた。
情報収集を行う場所として選んだのは多くの人物が出入りして――人の口に戸は建てられないからねえ――重要なあれやこれやが決定されるお城だ。
そして主戦力となったのはジャグ公子、ではもちろんなくスチュアートだった。
彼は侍従長の息子という立場柄か、城内に多くの既知が存在していて、いわゆる顔パスで出入りできる場所も広範囲にわたっていたのだ。
まあ、城の警備的に「それってどうなのよ?」と思わない部分がない訳ではないけれど、真面目に人脈作りをしてきたスチュアートの努力の賜物だと考えることにしましょう。
余談ですが、このことは大公様たちには筒抜けだったのだが、どこの部署からどのような情報が漏れやすいのかを調査して明確にするという意図の元見逃されていたのだった。
やれやれ。さすがは海千山千の大人たちだ。簡単には出し抜かせてくれないわね。
もっとも、よほどの損害を国に与えるようなことでもしない限りは彼らと敵対することはあり得ないので、そちらについては放置しておいても問題ないということで。
「これまでの強引な行動や高圧的な態度もあって、テニーレ嬢の実家であるスコルピオスを始めとしたいわゆるタカ派の貴族たちへの風当たりは強いものとなっています」
そう言ってスチュアートが話を締めくくる。
お昼時、集められてきた噂話を元にして組み立てられた情報を共有するため、ボクたちは生徒会室へと勢ぞろいしていた。
算術の教官がボクを狙っていたことが明るみに出たため、こうしてボクやジーナちゃんやライレンティアちゃんまでも生徒会室に入り浸れるようになったことは、災いが転じて福となったと言えるのかもしれない。
「元から対立していたところはともかく、日和見だったやつらまで叩く方へ加わっているのは、正直なところ気に食わんぞ」
武官系列への多大な影響力を笠に着て、肩で風を切って歩くくらいならばともかく、わざわざ暴風を発生させて他の人たちの通行の邪魔をしていたようだからねえ。
自業自得で因果応報ではある。が、何もしていなかったくせに弱ったところをこれ幸いと叩く一部のお貴族様たちのやり口は、ローガーが言うように見ていて気持ちのいいものではないのは確かだね。
「落ち着け。誰も彼もが我らのように強固な足場を持っている訳ではない。力を誇る連中にすり寄らなければ生き残れない弱い者だっているのだ」
ミニスが言っているのは平民上がりの官僚たちのことかな。叩き上げだから能力はあるのだけれど、彼らには寄る辺がないという大きな弱点があるのよね。
中にはあらかじめ出身領地の貴族の傘下に入っていたり、ポートル学園に通っている時に上手く庇護者を見つけたりする人もいるようなのだが、それらは少数派ということになる。
「権力を持っている時ほど、大きな力を振るえる時ほど、冷静に己を見つめる視点を持つ必要があるということか……」
神妙な顔で呟いたのは何とジャグ公子だった。第一印象が最悪だったため、ボク的にはついつい低評価を下してしまいがちだけれど、そのスペックは決して悪くはないのよね。
ポートル学園に入学して以来その周囲にまとわりついていた太鼓持ちな取り巻きたち――タカ派貴族の子息たち、つまりは魔改造ドレス集団の男の子バージョンとなる――を排除したことと、ライレンティアちゃんがぐいぐい距離を詰めたことで、ようやくそのスペック通りの言動を取ることができるようになったもようです。
そういえばテニーレ嬢こそ公子妃候補から除外されたのだが、ボクは未だにライレンティアちゃんの対立候補として名前が残っていたりするのよね……。
初対面でのやり取りが最悪だったから、ボク的には完全にお断りなのだけれどなあ。候補が一人きりだと何かと良からぬことを企むはた迷惑なおバカちゃんが現れてしまうそうで、渋々居残っているのだった。
まあ、ライレンティアちゃんのようないい子が命の危険に晒されたり、十八禁でぐへへな乙女の尊厳を傷つけられるような目にあわされたりしては、こちらとしても寝覚めが悪いどころか寝付きすらも悪くなってしまう。
ボクの名前を貸すだけでそのような事態を回避できるのであれば、そのくらいは我慢するとしましょうか。
「スチュアートが調べてくれた内容は、おおむね父上から知らされたものと一致しているね」
「ああ、やっぱり既にご存じのことばかりだったんですね……」
トウィン兄さまの感想にスチュアートががっくり肩を落としている。今さらのことで報告するだけの価値がないと思ってしまったみたいだ。
「スチュアート様、複数のルートから情報を集めるのはその確度を高めるために当然のことですから、決して無駄なことではありませんよ」
「うん。リュカリュカの言う通りだ。むしろ私は父上たちが得ていたものに近しい情報を集められたことに驚きと尊敬を感じているくらいだよ」
兄さま自身も先ほどのはちょっぴり言い方が悪かったと自覚していたのだろう、ボクに続いてスチュアートをフォローする言葉を口にしていた。
ジェミニ侯爵が持っていた情報はいわば正規のルートからもたらされたものだ。その入手機会が速い上に正確なのは当然のこととなる。
漏れ出した噂話をかき集めて組み立てることで、それに迫れるだけのものに仕立て上げることができたのだから、十分にその能力は平凡なものではないと言いきれるね。
そうだと言うのに、当のスチュアートは暗い顔をしたままだった。
これはもしかして、ジーナちゃんが怪我をさせられた時のことをまだ引きずっているのかな?
本来の役割とは言い難い噂集めという形での情報収集に乗り気だったのもそのためかもしれない。
「スチュアート様、もしや自分だけ役に立っていないとお思いなのではありませんか?」
ボクの問いかけにハッとした表情を浮かべ、直後うつむいてしまう後輩男子。
予想的中ですか。あの時発破をかけたことで持ち直したと思っていたのだが、思春期男子の面倒くささ、もとい繊細さを甘く見ていたよ。
実際は役立たずどころか、ジーナちゃんの身の安全のためにはいなくてはいけない存在なのだけれどねえ。ほら、兄さまは学年が違うからどうしても目の届かないところが出てくるのよ。
だけど本人がそう思い込んでいる以上、そのことを告げても慰められているだけだとしか感じないだろう。
さて、どうやって気付かせたものかしら?




