735 大改革の始まり
諸般の事情から学園内で襲撃してきた連中のジェミニ侯爵への引き渡しは、当初の予定していたその日もしくは翌日から大幅にずれ込んでしまうことになった。
ぶっちゃけてしまうと男たちを拘留するための場所の確保に手間取ってしまったらしいです。
まあ、多くの裁量を任されている領地ならばともかく、首都アクエリアスでは重臣と言えども――建前的には――一貴族であり一家臣でしかない。
不審者がいれば首都防衛や警備の担当部署に連絡するなり引き渡すなりすればいいだけの話なので、お屋敷に何人もを長期間捕えておけるような施設なんてものは基本的には存在していないのだ。
「ううむ……。この調子でことが進めば、捕らえておかなくてはいけない者たちが今後も増えていきそうだな。大公様にお話しして、拘留しておける場所やいざという時の拠点となる施設を見繕っておくべきかもしれぬ」
数少ない例外持ち――使用人たちの部屋がある別棟を急いで改装して、道中で捕らえた忍者な人とかを拘留中――のジェミニ侯爵がボクからの報告を聞いて呟く。
「ボクたちの手には負えないので、捕らえた人たちをどう扱うのかは全てお任せします」
色々と誤魔化してはいるけれど、ボクやミルファとネイトが他国の人間であることに変わりはない。下手に口や手を出したことで後々国際問題化してもいけない。侯爵たちに任せられるところは任せてしまっておいた方がいいだろう。
決して責任を取りたくないだとかそういう理由だけではアリマセンヨ?
「そうか。ではこの件は私が進めておこう。リュカリュカは面倒だとは思うが引き続きポートル学園での活動に注力してもらいたい。ところでトウィンのことなのだが、その後例のジーナ嬢との仲はどうなっている?」
侯爵様、途端に話題が下世話な方向に変わりましたね……。
まあ、トウィン兄さまは一人息子だし次代の侯爵となることがほとんど決まっている。彼の行動次第で派閥の勢力図が大きく塗り替わる可能性もあるから、色々と心配になるのは親としても領主としても、そして大貴族の一人としても当然のことだろう。
「今まであいつには浮いた話の一つもなかったのでな。良い酒の肴となっているのだよ」
単なる興味本位で楽しんでいるだけだった!?
それはさすがに二人が可哀想なのでは?
「順調に距離が縮まっているようですね。ただ、二人とも自分の気持ちは自覚していますが、相手も同じく好きだと想っているということには確信が持てていない様子でしょうか。こればかりは察するのは難しいので、言葉にできる機会が必要かもしれませんね」
と思ったので、見たこと聞いたことにボクの意見も添えて暴露してあげることにしました。
いやいや、そんな。某山岳地方に住んでいるというサンドフォックスもかくやという顔で馬車に乗り続けなくてはいかなかったことを恨みに思っていたりはしませんとも。
ちなみにボクが見た限りでは、現状のトウィン兄さまとジーナちゃんはお互いのことを好き合っている、いわゆる「両片想い」な状態だと思われます。
「ふむ。それでは卒業記念パーティーか、早ければ学園祭でのダンスパーティーに目星をつけているのかもしれぬな。トウィンは天然でいて格好を気にするところがある」
実父だからなのか、侯爵様の兄さまに対する評価が容赦ないなあ。
それにしても卒業記念のパーティーに学園祭かあ。気にならないと言えば嘘になるけれど、今のままでは絶対碌でもない事件が発生してしまうのは目に見えている。
それらの行事が開催される前に、騒動の決着をつけて学園をお暇したいものだわね。
途中から話があらぬ方向へとズレてしまったけれど、こうした事情があったため、男たちの引き渡しは伸びに伸びて一週間ほど後のことになってしまうのだった。
アコの迷宮から出てきた男たちは、二人を除いていい塩梅に疲労困憊になっておりましたよ。
残る二人だけれど、どうやら迷宮の探索に目覚めてしまったらしい。
さすがに死なれるのは寝覚めが悪いので、宝箱から入手させるという形で食料等最低限の生活必要物資を支給していたのだけれど、そうしたギリギリでの過酷な生活と宝箱、つまりはアイテムの発見にすっかりはまってしまったのだとか。
後に、この二人が中心となって冒険者の中でも珍しい迷宮探索を専門とするパーティーを立ち上げ、ゆくゆくは多くの所属メンバーを抱える一大ギルドへと成長していくことになるのだけれど、それはまた別のお話。
話を戻そう。捕らえた男たちからはいくつもの有益な情報を引き出すことができたそうだ。
特に警備担当部署が過去数十年に渡りポートル学園の警備情報を私的に利用、流用していたと判明したことは大きな収穫だった。
直ちに大公命令で直属部隊が調査に当たり、引退した者を含めて少ない数が牢に入ることになり、その何倍もの人間が降格処分を下されることになる。
当然そんなやつらの元締めだったタカ派の中心貴族たちにも、監督不行き届きとして厳しい叱責と処罰が言い渡されることになった。
力の大元だった軍部や騎士団へと関与する権利をことごとく取り上げられてしまい、テニーレ嬢は実質的に公子妃候補から外されることになるのだった。
あれ?これって、ことが露見する原因となったボクに恨みや憎しみが集まることになりませんかね?
……月のない夜はお部屋で大人しくしていよう、そうしよう。
そうそう、肝心の首謀者だが、ジーナちゃんが怪我をさせられた事件の関係者も含めて、こちらもしっかりと特定され検挙されたよ。その絵を描いたのはボクたちが予想していた通りの人物、算術の教官だった。
ただ、どうにも彼は表向きの首謀者であったように思う。捕らえられた彼は「全部自分一人で考えて指示を下した」とそればかりを強硬に語っていたからだ。
ボクも極秘にその様子を見せられたのだけれど、明らかに何か隠している風なのにそれ以上のことになると一切黙秘するという、どこか狂気じみた異常さに背筋が凍える心地を味わうことになってしまった。
自白剤の使用を認めるかの議論も始まっているという話だけれど、いずれにしてもその背後関係が明らかになるまではしばらくの時間が必要になってしまいそう。
そして、ボクが最も危険視して怪しんでいたローブ姿のキューズ教官だが……。
これらの出来事全てに関与した形跡を発見することはできずに無罪放免となり、今でも平然と学園で教鞭を取っているのだった。