732 足跡が残りまくり
やれやれ。今回の戦いは課題が残る結果となってしまったね。まあ、改善する機会を与えてもらえたと思えば、そう悪いことではないかな。
などと考えながら図書館へと向かう。捕まえた男たちの引き渡しも大事だけれど、やると決めた以上は勉強会の方も手を抜いていいものではないからね。
それに、参加者からは結構好評だったりするのだ。将来の選択肢を増やすためとはいえ、リアルでの勉強はどうしても「押し付けられている」という意識が付きまとってしまう。
それがゲーム内で曲がりなりにも活かせるということに、ボクは楽しみと喜びを覚えていたのだった。
余談だけど、用心のためにエッ君たちもまたアコの迷宮に入って捕らえた連中を監視することになった。
別れ際にやり過ぎないように注意すると、「平気ですわ」とチーミルがとってもいい笑顔で答えてくれたので、大丈夫なのだろうと思う。……大丈夫だよね?
不安はあれども一度任せた以上、後から口を出すのもよろしくない。すっぱりと気持ちを入れ替えて図書館へと入る。
「あら?もう修繕は終わったのかしら?」
入って早々に司書のお姉さんからそんなことを尋ねられた。
「修繕、ですか?」
「ええ。聞いていなかった?本校舎との間の廊下の屋根や柱の傷み具合の確認と修繕を行うから、二時間ほどは通行禁止になると言われていたのだけれど」
なるほど。表向きはそういうことにして人通りを制限していた訳か。
「あの、そのお話はいつ、誰から聞いたのでしょうか?」
「私自身は昼頃に直属の上司からよ。上司の方は……、確か算術の教官から連絡があったと言っていたかしら。普段は文書による回覧となるはずなのに、急に決まった案件だったのかと同僚たちと話をした記憶があるから間違いないわ」
おやおや。思わぬところで関係者が特定できてしまったね。
ただこれもトカゲの尻尾よろしく、キューズ教官が自分のところにまで調査の手が届かないようにするため、わざとやらせた可能性もあるけれど。
とりあえず、捕らえた連中を引き渡す時にこの件も報告かな。司書の人たちを囲い込んで証言者にするのか、といった具体的な方策はジェミニ侯爵たちに丸投げすることにしましょう。
ボクはボクのやるべきこと、勉強会の資料集めを進めていくとしようか。算術も他のクラスの授業に追いつきそうだし、そろそろ他の教科に手を出してみるのもアリかもしれない。
具体的に言うなら歴史だね。教科書と使用されている文献とは異なる記述のある本があれば、立場が変われば物事の見方も変わることを気付かせられるかもしれない。
そうすれば将来、非道な命令にも盲目的に従う、というある種の鬱展開を阻止できる可能性だって出てくるだろう。
一般的には国や為政者に都合の悪いものは処分されるか、良くて禁書扱いで別室へと隔離して厳重に管理されているだろう。
しかし、ここはゲームの世界だ。微妙にリベラルなリアルニポンの考えに基づいて見逃されている本があってもおかしくないように思えるのよね。
とはいえ、探すとなると相応の時間を取られてしまうことになるだろうから、これについては本格的にミニスたちからの要請があってから、ということになりそう。
今は直近で必要になりそうな物だけを集めていくことにしますか。
そんなこんなで勉強会の準備をしていると、入口の方からざわざわと物音がして複数の人が動き回る気配を感じる。
これは、あれかな。いくら待てどもボクを襲撃してきた潜伏者たちから何の音沙汰がないから捜索が始まった、ということかしら。
下手な場所で無関係な学園生に発見されたりでもしたら、最悪手引きした側も処断されてしまうことだって十分にあり得る。それは必死になって探そうともするだろうね。
……いやいや、そんな。「尋問する相手は一人か二人いれば十分だろうから、残りの連中は女子更衣室あたりにでも放置しておけばいい具合に騒ぎが大きくなるのでは?」などとはこれっぽっちも考えてもいませんですわよ。おほほほほほ。
さて、奥まった人気のない場所で鉢合わせでもしたら、突発的に暴発して暴走する可能性が高くなる。
資料探しはこのくらいで切り上げて、司書さんから見える場所で問題作りにでも勤しみますか。
この選択は正解でもあり間違いでもあった。
「ぬあっ!?き、貴様!なぜお前がここに居る!?」
正解だったのは探索メンバーに算術の教官が含まれていたこと。間違いだったのは人目があっても手を出してきそうなほど追い詰められているように見えたことだ。
これならばいっそのこと、あえて暴発させて処分する方向へと持ち込んだ方が簡単にことが進められたかもしれないね。
それにしてもボクの顔を見るなり驚いて叫ぶだなんて、襲撃事件に関与していると自白しているようなものなのだけれど……。
気が付いていないのだろうねえ。
「なぜと言われましても、放課後の時間を有意義に過ごすため、でしょうか」
可愛らしくコテンと首をかしげながら答える。あざとい?ええ。わざとそう見えるように狙っていますので。
彼一人ならば「図書館までの廊下の周囲で木々の手入れをしている人たちがいましたね」などとそれらしいことを言って煽るという方法もあったのだが、仲間かもしれないやつらや、関係のない司書のお姉さんもいる。
立場的にも教官ということで向こうの方が有利になりやすいし、ここはひたすら白を切ることで穏便にやり過ごすべきだ。
「あの、他にご用がないのであれば席に着いても構わないでしょうか?クラスの皆と行う勉強会で使用する、資料や問題などを作らなくてはいけませんので」
おや?どうしてボクはナチュラルに挑発するようなことを言っているのでしょうかね?
あ、教官の頬がピクピクと痙攣している。
「勉強会、だと?」
「はい。幸いにも参加してくれているクラスの皆からは、分かりやすいと褒めていただけています」
図書館にある資料に加えて、ボクがリアルで習った際の教科書や問題集、さらには里っちゃんの教え方なども参考にしているからね。
放課後でじっくりと取り組めるということもあって、表面をなぞるだけのものよりは、詳しく丁寧に教えることができているという自負がある。
ああ、なるほど。つまりボクは自分で思っていた以上に、まともに授業をしていない彼に怒りを抱いていたのか。