726 事件の考察
その後、ジーナちゃんが落ち着いたのを見計らうかのようにローガーを引きずってミニスも無事に帰還し、さらには騒ぎを聞きつけたのだろうライレンティアちゃんとジャグ公子も合流して、詳しい話を聞くことになった。
「ジーナ様、無理はなさらなくてもよろしいのですよ?」
ジーナちゃんの左隣に腰かけたライレンティアちゃんが心配顔でそう言う。ちなみに、トウィン兄さまは右隣に座っておりますです。
「ありがとうございます、ライレンティア様。でも、大丈夫です」
そんな彼女のジーナちゃんが微笑んで返す。二人の馴れ初めは以前聞かせてもらったけれど、本当に仲がいいよね。いつの間にか手も繋いでいるし。
トウィン兄さまにジャグ公子も、それぞれの相方をしっかり捕まえておかないと取られちゃうかもしれないですよ?
「お辛いかもしれませんが、あの時何があったのかを教えてくださいますか?」
麗しい女の子同士の友愛をいつまでも見ていたくなってしまうが、それでは話が進まない。心を鬼にして進行役に徹することにする。
「はい。中庭へ出て少し歩いた時だったでしょうか。名前を呼ばれたかと思えば、いきなりあの木々の裏に引きずり込まれてしまい、訳が分からずに押し問答していたところをリュカリュカ様に助けられたのです」
ふむ。あの連中はジーナちゃんの名前と顔を知っていたということになるのか。
「相手の顔に見覚えはありましたか?」
「……いいえ。初めて会った人たちだと思います。少なくとも学園内で見かけたことはなかったのではないかと」
「ローガー様とミニス様はいかがですか?」
犯人たちを追いかけていた時に気が付いたことがないかと、今度は二人に尋ねてみる。
「すまないが、俺はこの突撃バカを捕まえることで手一杯だったからな。逃げているやつらにまで気を回す余裕はなかった」
「バカは余計だ。……俺もあいつらに見覚えはなかった、と思う」
ミニスはともかくローガーが歯切れの悪い調子だったのは、犯人の顔を碌に見ることができなかったからであるらしい。
どうやら一目散に逃げることを優先していたようで、振り返るどころかお互いに顔を向け合うことすらなかったのだとか。
ちなみに、犯人たちが男子寮の裏に回り込んだところで、行き先を読んでショートカットしていたミニスがローガーに追いつき捕獲に成功したらしい。
ふむふむ。つまり学園内の地理や地形に詳しい人物だった、と言うこともできそうだわね。
「現時点で一番可能性が高そうなのは、ポートル学園の卒業生、もしくは在学したことがある人物でしょうか」
貴族の子弟が本当に最低限をクリアするだけで卒業できるのに対して、平民の場合は入学から進級、そして卒業に至るまでとてつもなく厳しい難易度となっている。その上貴族の学園生からの有形無形の嫌がらせを受けることもあり、毎年それなりの人数が途中でポートル学園を去ることになっているのだそうだ。
中には身を持ち崩した者もいるだろうし、多少怪しくても美味い――ように聞こえる――話に乗ってしまった人がいても不思議ではないだろう。
「しかし、それならば逃げる方向がおかしくはないか。男子寮がある方角は東で街を囲む壁沿いだ。追い詰められれば袋のネズミになってしまうぞ」
と、ジャグ公子が口を挟んでくる。
ほほう。学園施設の配置がちゃんと頭に入っているのだね。腐ってもさすがは公子様というところかな。
「あまり考えたくはないですが、寮住まいの学園生の中にも協力者がいたのかもしれませんね」
「げ。だとすると……」
「ギリギリでしたね、ローガー様。もしもそのまま男子寮の裏まで追いかけていたら、大勢に待ち構えられていたかもしれません。ミニス様に感謝ですね」
渋い顔になったローガーに、淡々と起こり得たかもしれない未来を突きつけてやる。
実際問題、可能性という点ではそちらも十分に考えられることだからねえ。実家の家格や親の地位を考えると、ジーナちゃんよりもローガーたちの方がはるかに人質としての価値は高いのだ。
とはいえ、そこまでやってしまうと事が大袈裟になり過ぎる。
タイミング的に今回の件はボクへの嫌がらせの延長だろうからね。国が本腰で解決に乗り出さなくてはいけないような真似はしないだろうと思われます。
実行犯については首謀者をとっ捕まえることができれば芋づる式に判明することになるだろうから、今は一旦置いておいてもいいだろう。
性懲りもなく再びやって来るのであれば、今度こそ返り討ちにしてやればいいしね。
なので犯人、とりわけ絵を描いた者の狙いを考えてみようか。
「わざわざ一人になるように仕向けているあたり、ジーナ嬢を貶めることが目的だったようにも思えるが。……いや、それではタカ派の者たちがスチュアートを足止めしたことの説明がつかないか」
ミニスの言う通り一見すればジーナちゃんを狙った犯行のようだが、実際は違うだろう。
タカ派貴族の子どもたちが絡んでいることもあるが、それ以上に自分で言うのも何なのだけれど、数か月前ならばともかくここ最近ではボクが学園の話題の大半をさらっている。
今さらジーナちゃんをターゲットにしたところで、話題としては今一つインパクトに欠けることになってしまうのだ。
「ジーナさんが怪我をしたのは見せかけで、本当の目的があったということでしょうか?」
スチュアート君鋭い。まあ、ジーナちゃんが優等生だということに違いはないので、これを機に鬱屈した想いを晴らそうとした部分もあったのかもしれない。
「推測ではありますが、恐らくは私を孤立させようという意図があったのだと思います」
今回の事件を使って「リュカリュカの近くに居るとおかしな事件に巻き込まれてしまう」とでもいった悪評を流そうとしたのではないだろうか。
いや、こちらがこうして医務室に集まっているのをいいことに、既に噂がばら撒かれ始めているかもしれないね。
「うん?孤立させて、どうするつもりなんだ?」
「人目があってはできないような直接的な手段に出るつもりなのでは」
ローガーの質問に答えた途端、集まっていた全員の顔が歪められた。確実にダーティーな方法になると予想が付いただろうからね。
しかも、今日のことで外部の人間を手引きできることも明らかになってしまった。
これは本格的に対策を考えておく必要があるかもねえ。




