724 被害が広がる
そんなことを考えていたからなのか、テニーレ嬢が本当にやらかしてくれやがりました。
ただし、その内容は最悪に近いものだった。
直接ボクを狙っても埒が明かないと考えたのか、あろうことかジーナちゃんへと攻撃する対象を変更したのだ。
ある日の昼休みのことだ。魔改造ドレス軍団からの嫌がらせが始まって以降、一人でいては危険だとボッチ飯を強制終了させられてボクは、その日も待ち合わせ場所にしている中庭へと向かっていた。
「今日は誰が来るだろうな」
「ジャグ公子たちのクラスは礼儀作法の授業でテーブルマナーの確認があると言っていたから合流はできないだろう。とすると、会長にスチュアートたち一年次の者たちくらいか」
目前を歩きながらそんな会話をしているのは、ご存じローガーとミニスの二人だ。
彼らと一緒に居ることにもすっかり慣れてしまった感じだなあ。二人の方もついて来るのが当然といった調子だし。
……ごめんなさい。四方からビシバシ飛んでくる嫉妬の視線だけはいつまでたっても慣れそうにありません。
そしてもうじき待ち合わせの場所に到着というところで、ふいに争っているような音が聞こえてきた。
視線をさまよわせるとちょうど木々によって死角になる位置だ。嫌な予感がしたボクはすぐさま割って入ることにした。
「そちらに誰かいらっしゃるのですか?」
がさりと植木をかき分けながら声をかけると、慌ただしく動き回る音がし始める。
それと同時に、
「チッ!気が付かれたか」
「逃げるぞ!」
「きゃあ!?」
聞き馴染みのある悲鳴と一緒に、野太い男たちの声が聞こえてきた。
「逃がすか!」
複数の足音が聞こえてきた瞬間、ローガーがそれを追って走り出す。
「ローガー様!?相手も分からないのに危険です!」
「あちらは私が行く。リュカリュカは残って彼女を見ていてくれ」
「ミニス様?……お願いします。くれぐれも深追いはしないでくださいね」
ミニスの言葉にほんの少しだけ躊躇したが、突き飛ばされたのだろう倒れている女性の姿が目に入ってきたことで覚悟を決めた。
男性の、しかも高位貴族の子息である彼に女性を任せることはできない。
「分かっている。あのイノシシバカを見つけたらすぐに連れて帰ってくる」
それだけ言うとすぐにローガーが走り去った方向へと駆け出していく。その足取りはしっかりとしたもので、短い期間だったが武闘の授業でしっかりと運動させていた結果が現れていた。
おっと、感慨に浸っている場合ではない。
こちらはこちらでやるべきことをやらないとね。
「大丈夫で……、ジーナちゃん!?」
なんと突き倒されていたのはポートル学園では貴重な友人の一人であり、トウィン兄さまと良い仲のジーナちゃんだったのだ。
慌てて近寄って〔鑑定〕技能まで動員してあちこちを診てみるが、幸いなことに大きな怪我はしていないようだ。
「ジーナ様、大丈夫ですか?」
改めて彼女に声をかけると、今度は意識もはっきりとした様子でこちらを見返してくれたのだった。
「あ、はい。転んで擦りむいただけですから」
痛みもあるだろうに決して掌を見せようとはしないジーナちゃん。それどころかこちらに心配をかけまいと微笑んで見せている。
強い子だなと感心するとともに、彼女をこんな目に合わせた連中に対して怒りが湧いてくる。
それにしても魔物との戦いなどでの怪我は、HPの減少という処理だけで一切描写されないし痛みも感じないというのに、こういう物語の演出的なことになると途端に細かく表現されるようになるのよね。
運営のこだわりが細かすぎて、感心すると同時にちょっぴり呆れてしまうわ……。閑話休題。
「あの、……ふみゅっ?」
開きかけたジーナちゃんの唇に人差し指を添えて、言葉が発せられるのを止める。
目を白黒させながら見上げてきた彼女にゆるゆると首を横に振って応えてあげる。「何があったのか?」を知りたい気持ちはあるけれど、それよりもこの子を落ち着かせて安心させることの方が先決だ。
「医務室へ行きましょう。私が肩を貸しますから、ゆっくり立ち上がってみてください」
掌を上にして両手を差し出すと、彼女はほんの少しだけ考え込んでから掌を下にしたままおずおずといった様子で両腕を伸ばしてくれた。
我ながらズルいなあ、と内心で苦笑しながら、クルリと手のひらを返して彼女の手の甲を掴むと強引にその手を上に向けた。
「…………!」
「ごめんなさい。傷の状態によってはすぐにでも処置をしなくてはいけないこともあるものだから」
声にならない悲鳴を上げるジーナちゃんに淡々と告げる。
一口に擦り傷と言っても、傷口が土やほこりなどで汚れていると化膿などの悪化する原因になってしまう。
……うん。言いたいことは分かるよ。『OAW』の運営は力を入れるところがおかしい。
さて、ジーナちゃんの掌だが、普段人があまり通らない植樹の裏側だったためか下草や苔が生えていたことにより、傷自体は小さなものがいくつかある程度だった。
しかし、そんな雑草の上に手をついたことで泥などがこびりついてしまっていた。
「【湧水】」
自分の両手ごと生活魔法で生み出した水で覆い、彼女の手についていた汚れを洗い流す。傷口に染みたのか、形のいい柳眉が少しばかり歪められていた。
全ての水が流れ落ちた後には小さな傷がいくつも見られたが新たに血が滲んでくるようなこともない。
これなら後は薬をつけておけば跡が残るようなこともないと思われます。
とはいえ、素人判断ではどんな見落としがあるか分かったものではない。当初の予定通り医務室で処置を受けておくべきだろう。
「それでは改めて。医務室へ向かいましょう」
「は、はい。……え?」
左腕で肩を抱くようにして右腕は膝の下に入れてから一気に立ち上がる。いわゆるお姫様抱っこの体勢だわね。
まさかそこまで大きく体格に差がないボクにされるとは思ってもいなかったのだろう、ジーナちゃんが腕の中で目を回しかけていた。
いやあ、レベルアップによる高能力があればできるかもしれないと思ってはいたけれど、想像以上に楽々抱き上げることができたよ。
ジーナちゃん、ちゃんとご飯食べてます?
「恥ずかしいかもしれませんが、大事があってはいけませんから。医務室に着くまで少しだけ我慢していてくださいね」
歩けなくはなかっただろうけれど、実は手を洗浄している間中彼女の体は小刻みに震えていたのよね。
もしものことがあってはいけないので、抱き上げて連れていくことにしたのだ。
「は、はいぃ……」
真っ赤な顔で頷くジーナちゃん。いやあ、至近距離での美少女の赤らんだ顔とか、破壊力がとんでもないことになっているよ。
リアルで従姉妹様を見慣れていなければ危ないところだったかもしれないです。
余談だけれど、ボクが「あれ?これって攻略対象のお仕事じゃない?」と、「しまった!おんぶにしておけばジーナちゃんの爆の感触を楽しめたかも!?」という二つのことに思い至ったのは、彼女を医務室のベッドに座らせた後のことだった。




