716 流れる噂と嫌がらせ
お茶会の内容はボクのことへと逆戻りしていた。
ライレンティアちゃんは国母となる妃教育を受けているだけあって、こちらとは比べ物にならないくらいに会話の誘導が巧みだったのだ。
先ほどの出会いの件も、あらかじめ自分たちの話をしておけば次にボクのことへと話題が向いても断れなくなるのを狙っていたことだったのかもしれない。
もっとも、個人的には一部突っ込みどころを除いて素敵なお話だったので、ほっこりできて大変満足であります。
「それにしても、私たちが最初にリュカリュカ様と仲良くなったというのは……。少々問題ですわ」
「私もクラスの方たちとよくお話をされていたような覚えがあるのですけれど?」
彼女たちが言うように、クラスメイトの中には授業の合間などによく話をする子たちもいたのだけれど、それも日を経るごとに徐々に遠巻きになりつつあるのよね。
どうやら貴族の子どもたちは、親から「関わり合いになるな」と指示を出されているようなのだ。
そうなると平民の学園生も右へならえとばかりにそれに追従するようになり、リュカリュカちゃんの周りの人口密度はドーナツ化現象を引き起こし始めているのでした。
そんなボクの現状に思い至ったのだろう、ライレンティアちゃんとジーナちゃんの顔が曇る。
まあ、よほど学内の情報に疎かったり意図的に情報を遮断していたりしない限り、自動的に耳に入ってくるレベルの事態だったからね。彼女たちがボクの置かれている状況と、それを引き起こした相手について知らないはずはないだろう。
「テニーレ様にも困ったものね。誰かを貶める暇があるならば、その分自分を磨き上げることに使用すればよろしいでしょうに」
はい、ライレンティアちゃんが言ってしまった通り、犯人はボクたちと同じ公子妃候補のテニーレ嬢だ。
もちろん彼女一人の仕業などではなく取り巻きの令嬢を始め、おもねったり逆らえなかったりする教官たち、ついにはタカ派の貴族たちがまでもが方々に圧力をかけて回っていたらしい。
「もしや、最近街でよく聞かれるようになった噂というのも……?」
「ええ。恐らくは彼女たちが仕向けたことなのでしょうね。名前こそ挙げてはいませんが、知る者が聞けばすぐにリュカリュカ様のことだと気が付くはず」
二人のお顔がさらに険しくなってしまうが、ボク的には街中の噂についてはあちらの大失敗だと思っている。
なぜなら、「某公子妃候補は野蛮で下賤な冒険者だ」と学園内で揶揄している調子そのままで拡散してしまったため、冒険者と『冒険者協会』を敵に回すことになってしまったからだ。
まだ表沙汰にこそなってはいないが水面下では謝罪と撤回を求めて抗議が行われているようで、報告を受けた際に大公様が凄味のあるとってもいい笑顔を浮かべていたそうだ。
言うまでもなくタカ派貴族は軍部や騎士団などに強い影響力を持つ、いわゆる武官に分類される連中だ。
そんなやつらの中には冒険者を、自分たちの下位互換だと勘違いしたり、または自分たちの仕事をかすめ取っていく憎らしい存在だと思い込んだりしている、想像力豊かな人たちが混ざっているみたいね。
だけど冒険者の仕事というものは多岐に渡っていて、魔物退治や行商人たちの護衛だけでなく、大きな街であれば屋根や壁の補修から下水掃除やごみ拾い、地方の村などでは畑の柵作りからそれこそ畑仕事の手伝いまであったりする。
実質的には何でも屋のようなもので、軍部や騎士団の業務とはかけ離れているものも多いのだ。
以前にも述べた、出入りが激しく市民・領民として規定し辛い点や一般社会からのはみ出し者だった人が少なくない点と合わせて、差別意識が働いているのかもしれない。
「皆さんが困惑するのは仕方がないことだと思っています。異質であるということは私自身よく理解していますから。それにライレンティア様やジーナ様を始めとして、親しく接してくれる人もいますので」
「ミニス様にローガー様ですわね。お二人とも自分に並ぶどころかそれ以上の成績であるリュカリュカ様には一目置いている節があります」
「私と同じく学年が違うのでおいそれと直接お会いすることはできませんが、スチュアート様も何かと気にかけているようです」
うん。そうだね。ただ、あの三人から親しくされていることが、ボクの孤立している要因の一つにもなっているみたいだけれど。
女の嫉妬は怖いわあ。もしも親しいメンバーの中にジャグ公子まで含まれていたらと思うと薄ら寒いものがある。
それでも最近は物がなくなる系の嫌がらせも発生し始めている。こうして待望の同姓のお友だちもできたことだし、男どもとは今後距離を置くようにした方がいいのかもしれないね。
「あの、あまり気分の良くない質問で申し訳ないのですが、ジーナ様の時はどうだったのでしょうか?」
実は何を隠そうこのジーナちゃん、今年の首席入学者で期待と噂の一年生だったりします。
主席だったことに加えて地方在住の最底辺すれすれの下級貴族の子女であったこと、ライレンティアちゃんという大物と繋がりがあったこと、そしてトドメにトウィン兄さまと仲良しカッコ意味深になったことで、ボクが編入するまでは最も噂話の的になる存在だったのだ。
当然、妬みや僻みからか、悪質な嫌がらせのようなことも起きていたそうだ。
「わ、私ですか!?いえ、私はただ陰口のようなことを言われていたくらいですので……」
「ふう……。ジーナ様がそうしたいのであれば今さら無理に事を大きくするような真似は致しませんけれど、引いてばかりでは相手をつけ上がらせるだけになってしまいますわよ」
ライレンティアちゃんが言葉を濁したように、彼女や兄さまが陰に陽に動いたことでようやく収まった事件もあったらしく、一歩間違えば大怪我を負ってしまうものまであったのだとか。
しかもこれらの中には兄さまが動いたことで余計に火に油を注ぐ結果となってしまったものもあるようで、今のボクと微妙に似通った状況だったみたい。
貴族の子女にとって恋愛はある種の夢のようなものだとは知っているから、無責任に「想いを伝えろ」などというつもりはない。
でもね、せめてもう少しおおらかな心を持っていただきたいところだよ。




