711 ヒロインが一人だけだとは限らない
「だが、あの気配には驚いた。もしかすると訓練時の騎士たち以上の強烈さだったかもしれない。本当にリュカリュカは冒険者だったんだなあ……」
すっかり人気の少なくなった校舎内を歩きながら、ふいに思い出したかのようにトウィン兄さまが呟いた。真っ先に立ち直った、または気にしていなかった風を装っていたけれど、やはりあのやらかしは彼にとっても衝撃だったみたいだ。
もっとも、本当は口に出すつもりはなかったようで、横に並んでその顔を見上げて――中世欧州風の世界観だからか、男性は背が高い人が多いのですよ。ぐぬぬ……――みれば、すぐに明後日の方を向いてしまう。
そして、せっかく和やかにした空気を緊迫したものへと戻したくないのはこちらとしても同じことだ。
「あら?兄さまは信じてくれていなかったのですか?」
なので肯定しつつも茶化すような調子で返してみることにした。
「……まあ、信じ切れていなかったことは確かだね。そういう意味ではリュカリュカのパーティーメンバーだったかな。彼女たちのことも冒険者だとは思えなかったよ。華奢で可愛い子たちばかりだったから」
それだけ言うと黙ってしまう兄さま。貴公子と呼ばれてもおかしくないだけの容姿と気品を兼ね備えているというのに、こうした台詞は言い慣れていないもよう。
このあたりが苦労性だと言われている要因の一つかもしれない。天然だけど。
それはともかく相変わらず明後日の方を向き続けていたので、前方不注意になりそうなのがちょっと怖い。
ちなみに、ボクたち以外の六人は領都ジェミを拠点にしていたこともあり、何度か侯爵からの依頼を引き受けていたこともあったらしい。そのため、面識があるとまではいかなくても顔は覚えていたので、違和感なく冒険者だと認識できたのだとか。
体格的にはボクたちとほとんど変わらないお姉様方もいたのに?という疑問はあっさりと晴らされることになったのだった。
「あ!……え?そんな!?」
もうすぐ出入口、残念ながら?靴箱はないので昇降口とは言い辛いそこに辿り着くといった所で、一人の少女と鉢合わせる。
大多数の学園生と同じく制服を着用していたが、大多数の学園生とは異なりその制服の一部を内側から激しく押し上げていた。
分かりやすく端的に説明すると、巨を超えた爆だということだね。
虚を超えた漠ではないので念のため。
……ボクはいったい何を言っているのだろう?
その子は兄さまを見て満面の笑顔になったかと思えば、隣に居るボクを見て頭上へ疑問符を浮かべ、さらに手を繋いでいることに気が付き一瞬で表情を驚愕したものへと変貌させるという、なんとも忙しない反応を見せてくれた。
「やあ、ジーナ嬢。君も今帰りかな?」
そんな彼女に兄さまは爽やかな笑顔を向ける。
……おうふ。天然の方の兄さまがここで現れてしまうなんて。はたから見ていてもそのジーナちゃんが兄さまに好意を持っているのが丸分かりだったのですが!?
「あ、あの……、私、まだ用事があったので失礼します!」
それだけ言って逃げ去るように来た道を引き返していくジーナちゃん。運が良かったのかそれとも悪かったのか、居合わせた男子学園生が彼女の爆の揺れ回る様子を目にして立ちすくんでしまっていた。
一方、朴念仁で天然な兄さまはというと、
「図書室に何か用事でもあったのかな?」
などと呟いている始末だった。
「兄さま!早く彼女を追いかけてください!」
その言葉が聞こえるや否やボクはそう叫んでいた。
ついでに繋いでいた手も「ていっ!」と引きはがしておく。
「え?しかし――」
「いいから早く!そして私のことをしっかりかっちり誤解する余地が完全になくなるまで説明してあげてください」
誤解や勘違いを甘く見てはいけない。特に物語などでは第一種危険物と言っても過言ではなく、早急に対処しないとこじれにこじれて最悪は世界を崩壊させてしまう原因にすら発展してしまうことだってあるのだ。
ジーナちゃんがきびすを返したあの瞬間、ボクの直感が「あ、これ放置しておくと面倒なことになるやつだ」と警報を鳴らし始めていた。
「だが、リュカリュカを一人にする訳には……」
しかし、これだけ言っても兄さまは苦労性と天然の両方を発動させてこの場から動こうとはしない。
ああ、もう!仕方がない。どこで誰が見ているのかも分からないから、学園内ではあまり切りたくなかった手札なのだけれど。
「兄さま。いえ、トウィン・ジェミニ様。ボクの力量であれば先ほど片鱗をお見せしたばかりだと思いますけど?」
お淑やかモードを解除して話かけると、トウィン様は目を丸くして驚いていた。
ジェミニ侯爵たちとは違い彼とは初対面の時からタマちゃんズ装備だったから、さもありなん。
「これでも冒険者としてそれなりに経験を積んできていますからね。仮に一人きりの時に街中で襲われたとしても、一方的にやられるような無様な真似は晒しませんよ。何なら、得物を取り出して見せるか、魔法の一つでも使って見せましょうか?」
微笑みながらそう付け加えると、彼はゆるゆると首を横に振っていた。
「……そういえば、編入試験では武闘など実技系の科目でも満点を叩き出していたのだったね。だが、できることなら迎えの馬車の中で大人しく待っていて欲しいものだ。主に私の心の平穏のためにもね」
「こちらが先にお願いしたのですから、次は私が兄さまのお願いをきく番ですね」
暗に「これ以上勝手なことはしないからさっさと行け!」と追い立てると、ようやく兄さまはジーナちゃんを追いかけていったのだった。
「……もたもたしていた割には随分と軽く動く脚だわねえ。やれやれ、世話が焼けることで」
あの天然具合だから未だにはっきりと意識はしていないのかもしれないが、少なくとも兄さまの方も彼女へ一定以上の好意を持っていることは間違いなさそうだ。
その先にあるのは図書館だけのようだし、すれ違いになることもないだろう。
それにしても、
「どうしてボクは他国の学園で他人の恋愛の後押しの真似事をしているのでせうかね?」
窓から差し込む夕日によって徐々に暖色に染められていく世界の中で、ボクは盛大な溜息を吐くことになるのだった。
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『甘い湖辺の甘い恋』 (発売日未定)
主人公
ジーナ(1年)
攻略対象
ジャグ公子(2年)
ローガー(2年)
ミニス(2年)
スチュアート(1年)
トウィン(3年)
+隠しキャラ
悪役令嬢
テニーレ(2年)
ライバル令嬢
ライレンティア(2年) ジャグ公子ルート
〇〇〇〇(?年) トウィンルート
他
・全ルートクリア後に隠しルート開放あり
上記のものは冗談ですが、仮に乙女ゲームだとリュカリュカちゃんの立ち位置はトウィンルートで登場するライバル令嬢ということになるかな、と。