70 嫌がらせで完勝!
長々と回想シーンを挟んでしまいましたが、ここでようやく元の時間へと戻りますよ。
「か、カツうどん?」
聞いたことのない名前におじさんが怪訝そうな顔になる。が、その喉がごくりと唾を飲みこんだのをボクは見逃してはいなかったのだった!
「ほーれ、ほーれ。どうやー、ええ匂いやろがー」
両手をパタパタと振って、カツうどんの芳しい香りをおじさんの方へと送る。
あ、言葉遣いについてはお気になさらずに。
折しも時間は夕暮れ前。牢では朝晩の一日二食しか食事が出ないので、最もお腹が空いている時だ。空きっ腹となっているところに美味しそうな匂いを嗅がされたことで、おじさんのお腹は盛大に自己主張を始めたのだった。
グーグーと鳴るお腹の音に、監視をしていた騎士さんたちの「ぷー、くすくす」的な失笑が四方から漏れ聞こえてくる。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
そのことに恥ずかしさと怒りを覚えたのか、おじさんの顔は真っ赤に染まっていた。
くっくっく。嫌がらせ計画第二弾の初手は思い通りに進んだと言えそうだ。それでは引き続き次の一手へと移行しましょうか。
「あ、皆さんの分もありますので、良かったら召し上がってください」
新しくアイテムボックスから出したカツうどんを、エッ君が隣の席に座った隊長さんの前へと運んでいく。しかしこの子の場合、手がないためズリズリ押していくことになったので、こぼしてしまわないかハラハラものだった。無事に運び終えた時には部屋にいた全員からホッと安堵の息がこぼれたのでした。
余談だけど、部屋の真ん中に置かれた机は横一メートル、縦二メートルほどもあるそれなりに大きなものだ。ボクとおじさんはそれぞれいわゆるお誕生日席の位置に座っていたため、多少煽ったところで危害を加えられる心配は少ないのだった。
「良いのかね?」
食べ物を使っての嫌がらせを行うことは告げていたけど、自分たちにまで振る舞われるとは思っていなかったみたいだ。
「どうぞどうぞ。あ、リーヴ。他の騎士さんたちにも配ってあげてくれるかな」
ボクのお願いに頷くと、四隅に立っている騎士さんたちにカツうどんを配っていく。こちらは隊長さん以上に予想外だったようで、リーヴから器を受け取ったものの困惑した表情を浮かべていた。
「せっかくの心遣いだ、頂いておけ。ただし、監視が緩まないよう二人ずつ食べること」
「はっ!ありがとうございます!」
「いえいえ。ボクの無理を聞いてくれたんだから、このくらいはさせて下さい。ささ、冷めない内に食べてください。」
隊長さんにそう言いながら、エッ君とリーヴの分のカツうどんも取りだしていく。
その頃にはもう、部屋中にカツうどんの美味しそうな香りが満ち満ちていた。それに触発されたのか、おじさんだけでなく騎士さんたちのお腹もグーグーと大合唱を始める始末だ。
「それじゃあ、ボクも頂きまーす」
溶き卵やお出汁と一緒にうどんをちゅるちゅるとすする。うん。リアルでお昼ご飯に食べた時よりも薄味でボク好みのいい塩梅の味となっている。
さらにカツをパクリ。衣にしみ込んだたれがジュワッとあふれ出てきはお肉と絡んで舌を楽しませてくれる。
「これは……、肉を揚げたものなのか!?」
カツの正体に気が付いた隊長さんが隣で大きな声を上げていた。それに驚いていたのが騎士さんたちとおじさんだ。
「揚げ物だって!?」
「お、俺、初めて食べるぞ……」
料理長さんから貴族しか口にできない物だとは聞かされていたけど、騎士さんたちですら食べたことがないとはちょっと驚きだ。
クンビーラの場合、騎士団と衛兵部隊は同格扱いの組織で、協力体制にあり互いの中も良い。だけど一つだけ明確に異なる点がある。騎士団出身者だけが支配者である公主様の護衛や彼らが暮らすお城の警備になれるということだ。
つまり騎士であるということは、エリート街道を歩き始めていることと同義となる。
「頻繁にとまではいかなくても、騎士団員なら揚物料理くらい食べたことがあるかと思っていたんですけど、そうじゃなかったみたいですね」
作るのが初めてとは聞いていたけど、実は料理長さんも食べたことがなかったのかもしれない。この辺りのことはもっとしっかりと聞いておくべきだったかな。
「騎士団ばかりが厚遇される訳にはいかんからな。食事状況は衛兵部隊と全く変わりはないのだよ」
隊長さんと話している最中にも、周りからは「美味い!」とか「初めて食べる味だ!」などの感想が聞こえてきていた。
実は今カツうどんを食べている騎士さんたちは後半組で、先に食べる幸運に恵まれた二人は既に完食して、絶賛余韻に浸っている真っ最中だったりします。
監視としては完全に役に立っていないけど、おじさん自身がボクや隊長さんの手元にあるカツうどんに目が釘付けになっていたので問題が起きるはずもなかった。
いざとなってもエッ君にリーヴの二人もいるしね。
「どうでした?」
「いや、大変美味だった。ただ、このような場所でなければもっと味わうことができたかもしれないということだけが心残りか」
「でも、こんな場所だからこそ落ち着いて食べられたとも言えますよ。うどんは『猟犬のあくび亭』でもまだまだ大人気ですからね」
「ふうむ。確かにそうとも言えるかもしれないな。ともかく、これほど素晴らしいものを食させて頂き、感謝する」
「ありがとうございます!」
隊長さんの言葉に続いて、部屋の四隅にいた騎士さんたちが唱和する。これって絶対リアルの体育会系のノリの流用だよね。
雪ちゃんのようなスポーツ少女なら、あっという間に馴染んでしまうかもしれない。……刑事ドラマ好きの彼女だから、もしも『OAW』を始めたなら冒険者にならずに衛兵や騎士になって悪者を捕まえる、という方向に進みそうだ。もちろん、それはそれで一つのロールプレイとして有りだとは思うけどね。
「さて、と。ボクたちはこの辺で失礼します。引き続き、お仕事頑張ってください」
「なんだと!?お前、俺から話を聞き出しに来たんじゃないのか!?」
椅子から立ち上がったボクに向かって、おじさんが驚いたように叫んでいた。
「それは騎士の皆さんの仕事でしょう。最初に言ったように、ボクがここに来たのはおじさんへの嫌がらせのためだよ」
「うぐっ!?」
一人カツうどんを食べることができなかったおじさんのお腹は、悲しそうにきゅるると鳴いていた。
「言いたいことがあるなら早めに言ってしまった方がいいよ。じゃないと……」
わざとらしく言葉を区切っておじさんを見つめると、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
同時に雰囲気の切り替えも行ったので、気圧されたのか額から脂汗が流れ出ていた。
「明日もまた、嫌がらせをしに来るからね」
止めにニッコリと素敵な笑みを浮かべてあげると、放心したようにがっくりと項垂れてしまった。
「それじゃあ失礼します」
改めて騎士さんたちに挨拶をして部屋から退出して行くボクたち。
その日の夜、おじさんは知っている情報を全て打ち明けたのだそうだ。そして、
「頼むから二度とあいつとは面会させないでくれ!」
と、泣いて頼んで来たらしい。
ちょっぴり薬が効き過ぎちゃったかな?てへり。




