685 レイクヒルの展望台
「ほえー……。これはもう凄いの一言だわ……」
遠く眼下に広がる景色に、思わずため息を吐く。ミルファとネイトもボクと同じく圧倒的な光景に呑まれているようだった
大丈夫?息してる?
「はっはっは。『ウィスシー』は我が国が誇る目玉とも呼べる代物だ。見惚れてしまうのも当然だろう。むしろ、リュカリュカ君が短いなりにも言葉にできていることの方が驚きだな」
にこやかな笑みを浮かべながら近付いてきたのは、『水卿公国アキューエリオス』の重鎮の一人、ジェミニ侯爵その人だった。
あ、当然ながら護衛役の人が数名着いてきているよ。
「ええと、先輩方から色々と話だけは聞いていたので、心構えができていたのかもしれません」
モニター越しではあるけれど絶景ならリアルでそれなりに目にする機会がありましたもので。などと言うことはできないため、適当な言い訳で言葉を濁す。
付け加えるなら、地面の下?だったはずなのに青空が見えたり、砂の海が広がっていたりという訳が分からない迷宮仕様を体験していたことで、どこか感覚がマヒしている部分があったのかもしれない。
「ふむ……、心構えか。それは確かに重要かもしれないな」
そんな怪しげな態度をそれ以上追及することもなく、ジェミニ侯爵はミルファたちが見ている方へと視線を向けた。
それに釣られるようにしてボクも再びその景色へと目を向ける。
小高い丘状になった展望台からは、遠く北の方角に陽光を照り返してきらめく一面の水面を見渡すことができていた。『水卿公国』の北部中央に広がるアンクゥワー大陸最大の湖『ウィスシー』だ。
とっても極端に言うと、錨の地図記号の丸の部分に当たる所だね。
ちなみにウィスシーとは古い言葉で『甘い海』を意味するそうで、本物の海はとっても塩辛いから淡水の湖は甘く感じられたのかもしれない。
「この通りまだ少しばかり距離が離れているので、ウィスシー産の幸を味わうことは難しいのだが、その分景色は素晴らしいものだと思っている。日暮れまではいましばらくの時間があるので、存分に堪能するといい」
それではと言い残してジェミニ侯爵は護衛たちを連れて展望台から去っていった。丘のふもとにある宿場町へと戻るのだろう。もちろん、ボクたちの宿泊する施設もそこにあるよ。
ジェミニ領を出てから二日、ジェミの街を出発してからだと三日目に当たるこの日、ようやくボクたちは旅の折り返し地点に到着していた。
それがここ、ウィスシーを見渡せる丘のふもとにある宿場町の『レイクヒル』だ。
アリエス領にあるこの宿場町は、元々は首都へと繋がる街道沿いにある宿場町の一つにしか過ぎなかった。しかし丘の上に展望台を作りそこまでの道を整備したところ、観光地としても一気に有名になったのだそうだ。
なんでもウィスシーの周辺はひたすら平坦な地形が広がっているため、農業を行うには最適な反面、このように湖を見下ろすようなことはできないのだとか。そのためか距離は離れているけれど「ウィスシーを見る最高の場所の一つ」とまで言われているらしい。
そして何を隠そう、この展望台と宿場町への道を整備したのがジェミニ侯爵なのです。
自慢げに語る訳だわ。
自領でもないのに開発のような真似ができるのか?と思ったそこのあなた!グッドな疑問ですね。
そう、先ほども軽く述べたようにレイクヒルはジェミニ領ではなく、北側に隣接するアリエス領内にあるのです。だから普通ならば越権行為になるのだけれど、穏健派に属するアリエス侯爵家――お気づきのこととは思いますがこちらも『十一臣』です――とジェミニ侯爵家は代々仲が良いため、こんな無茶も通ってしまったのだった。
どちらも他国から首都アクエリオスへと通じる主要街道が通っているから、通商によって受ける恩恵が大きいということもお互いの仲が良い理由になっているのだろうとも思う。
逆にタカ派に所属する貴族の領地は全てそこから外れているという特徴があった。『水卿公国』内部の派閥争いの陰には、立地条件に由来する経済格差がありそうね。
とはいえ、街道が通っているからと言ってそれだけで豊かになるものではない。展望台を整備する以前のレイクヒルが数ある宿場町の一つでしかなかったことからもそれは明らかだ。
最終的には、いかに人が寄り付きたくなる環境を整えることができるかどうか、が大切なのかもしれないね。
雄大な景色をたっぷり堪能したところで宿場町へと戻るため、丘の斜面に刻まれた階段をのんびり下っていく。
本当はうちの子たちにも直接見せてあげたかったのだが、展望台の周囲も町の中という扱いとなっていたので、『ファーム』から出すのは控えることにしたのだった。
「とてつもない大きさでしたわね。さすがは大陸最大とうたわれるウィスシーですわ」
「まったくです。……ですが、海というものはあれよりもさらに大きいのですよね?」
「うん。アンクゥワー大陸の周りはぐるりと海に取り囲まれているはずだよ」
「大陸全てを取り囲むだけの大量の水……。想像もできませんわ」
まあ、何も知らないまま海を思い浮かべてみろと言われても難しいよね。悩む二人をほっこりした気分で見守りながら、レイクヒルの町中へと帰還したのだった。
ここで今回の首都行きの一行について紹介しておきたい。
まずは何をおいても外すことのできないリーダーのジェミニ侯爵。そして実際に旅の一行をとまとめている彼の執事さん。
侯爵の身の回りのお世話をする侍女さんが二人に、若手を含めた文官が三人。護衛となる武官が十人と、同じく護衛として雇われた冒険者が六人。
これにボクたち三人を含めた合計二十六名が、今回の首都行きメンバーとなる。
この内冒険者の六人は、ボクたちにだけ指名依頼を出していては何か事情があると公表しているようなものなので、カムフラージュを兼ねて急遽雇われることになった。
うちの子たちと遊んでいる印象しかなかったのだが、誰も彼もジェミを拠点に活動している冒険者の中ではトップクラスの実力の持ち主ばかりなのだとか。
このように半数以上が戦い慣れた人たちだったのだが、そんな彼らですら顔をしかめてしまうくらい、これより先の旅路は戦いの連続で過酷なものとなってしまう。




