671 子猫の訴え
想像してみてください。
つぶらな瞳で見つめてくる子猫の姿を。
端的に言おうとも詳しく説明しようとも、最終的には「可愛い」の一言に集約されることでしょう!
できることなら、このままエンドレスで愛で続けていたい……。
まあ、『OAW』ではリアルと同じ時間の経過となり、ログイン時間制限という超えられない壁がそびえているため、叶わぬ願いというやつなのですけれども。
さらに、現在はストレイキャッツの特殊能力?のライフドレインによってHPの低下が継続して発生してしまっているので、実際に愛でられる時間はあとわずかと言ってしまっても過言ではないくらいだった。
いやいや!頭を切り替えなさいよ、ボク。
愛でることを中心に考えていたら死に戻ってしまうのだから!
しかも今回の遭遇は倒れ伏している男たち――時々ピクピクと痙攣するように動いているから生きているはず。……多分――が介入していると考えられるため、単純にリセットしてやり直したとしても再度遭遇してしまう可能性が高いのだ。
トライアンドエラーを前提に何度も挑戦するという手段も使えなくはないけれど、仲間たちやうちの子たちが何度も死んでしまうことにボクの精神が耐えられないと思うのよね……。
だからこそ、訴えるかのような目で見つめてくるネコちゃんの仕草は、この詰んでいるように見える盤上をひっくり返す起死回生の一手につながる可能性を秘めているのだ!
……まあ、「そうだったらいいな」という希望が多分に含まれていることは認める。
うーん……。猫が、いや、ここはゲームの世界だから独自のアレンジがされているかもしれない。猫に限定せずに人懐っこいペットだと考えてみようか。
そんな子たちが飼い主や庇護者のボクたちに訴えかけるというのは、一体どんな時だろうか?
まず思い浮かぶのは、遊んで欲しい時とか相手をして欲しい時かな。
だけどあまり構い過ぎると怒ってしまうから、加減が必要だとペットを飼っているクラスメイトたちが話しているのを聞いたことがあるよ。
この辺りはやはりというかゲーム内のキャラクターであるエッ君たちとは違うのだなと実感する。うちの子たちは過剰に思えるほどのスキンシップでも、とても喜んでくれるからね。むしろ「もっとやって!」と要求してくるくらいだ。
うちの子たちの要求と言えば、「ご飯ちょーだい」もすっかり定番になってしまった。トレアとドラゴンであるエッ君はともかく他の子たちは魔法生物とかだから、動力源になる魔力を補充できれば問題ないはずなのだけれど……。
近頃はダンジョンコアのアコまで食べ物を要求してくるようになったのよね。
「……もしかして君、お腹が空いてるの?」
「ナー……」
即座に、だけどいつ途切れてもおかしくないほどか細くかすれた鳴き声が返ってくる。
これはいけない!急いで何か食べ物をあげないと!
でも、子猫って何を食べるのだろう?
悩んだ末、ボクが取り出したのはブレードラビットのドロップアイテムであるお肉だった。一応ストレイキャッツは野生の魔物だから、食料になるとすれば同じく野生の魔物のお肉ではないかと考えたのだ。
とはいえ姿かたちは子猫そのものだから、さすがに生肉のままというのは厳しいだろう。
ニミの街で購入しておいた薪を取り出すと、生活魔法の【種火】で火をつけてお肉をあぶり焼きにしていく。
「あちちっ、あちっ!ハイ。軽く冷ましたから火傷はしないだろうけど、気を付けてお食べ」
「ニャー!」
適当な大きさにほぐしてあげると、飛びつくようにして食べ始めるにゃんこちゃん。
よかった。最悪、離乳食や流動食のようなものでなければ食べられないのかも?と不安に思っていたのだ。
それか、専用のキャットフードとか。普通ならあり得ないと断定できる話だが、そこは奇妙な方向に突き抜けていることには定評のある『OAW』運営ですから。
おかしな設定が付随されているとしても、納得してしまえる謎の信頼感があるのだった。
運営のぶっ飛び具合はともかく、固形物を食べることができるのなら、今後もすぐに飢えてしまうことはないだろう。
幸い味の方も気に入ったようで、ガツガツと勢いよく食べ続けている。
「あれ?」
ふと、ライフドレインによるHPの減少量が少なくなっていることに気が付く。
「まさか、そういうことなの……?」
頭の中でバラバラだったピースが繋がり、一つの答えが形作られようとしていた。
「って、今はそれどころじゃなかったんだった!?」
詳しい考察はいつでもできる。
まずは今しかできないことをやらないと。
「ミルファ、ネイト!ボッターさんは……、まだ再起動に時間がかかりそうだね」
ボクの声にすぐに反応した仲間たち――ちなみに、両手でそれぞれ別の子猫をあやしていたよ。意外と余裕だった?――とは異なり、ボッターさんは未だにショックが抜けきれていないもよう。
とはいえ、それも仕方のない話だろうね。いくら行商経験が豊富であっても彼は商人なのだ。魔物や盗賊に襲われた際には、護衛に守られたり逃げ出したりして、安全圏で自身の命――と可能な限りの荷物――を守ることこそが彼らの仕事なのだから。
「座敷童ちゃんはボッターさんをお願いね。他に魔物はいないとは思うけど、周りにも一応用心しておいて!」
こういう時には下手にお客様扱いしないで、指示を出したりお願いをしたりする方が連帯感を感じられるし疎外感を持たないで済むものだ。
案の定、彼女も両手で握りこぶしを作って「むん!」と気合を入れていた。
「ミルファとネイトはその両手で撫でている子たちをこっちに連れてきて!エッ君とリーヴは残りの子猫を誘導!トレアはボクのお手伝いね」
「は、はい!」
「分かりましたわ!」
二人に運ばれて合計四匹が新たにボクのすぐそばへとやって来る。だらーんと胴体を延ばしたその姿からは一欠けらの野生も感じることはできず、思わず苦笑してしまう。
わらわらと少し離れた場所で自由に遊びまわっている子猫たちの回収はうちの子たちにお任せだ。
実際問題、トレアもそちらに回してもよかったのだが、体格が大きいため見落としたり踏みつぶしたりしてしまう危険性があったので、ボクのフォローに回ってもらうことにした。
「焼けたかな?トレアはこのお肉を小さくほぐして。熱いから気を付けて」
火が通ったお肉をトレアにほぐしてもらい、集まってきた子猫たちに順に与えていく。
最初の子猫のように訴えてくるこはなかったが、お腹が空いていたのは同じだったようで、差し出されるそばから次々にかじりついていた。
十匹の子猫たちが満腹になる頃には、クンビーラを出てから狩ることができたブレードラビットのお肉が全て消滅してしまっていた。




