652 エルからのお願い
「行き先が決まっとらんのやったら、『水卿公国アキューエリオス』に行って欲しいんやけど」
悩むボクたちに要望をぶつけてきたのは、それまで我関せずといった態度で完全な聞き役に徹していたカンサイ弁エルフことエルだった。
「ここでわざわざ言うってことは、それなりの理由があるのかな?」
「リュカリュカはそういうところばっかり聡うなっとるやん……。その通りや。国境を越えた先、『アキューエリオス』のジェミニ、領に、防御の要やいうて言われとるタフ要塞いう所があるねんけど、どうもそこに人がぎょうさん集まっとるらしいんや。しかも兵士だけと違うて、将官までおるいう話やわ」
エルの報告にボク以外の人たちが息をのむ。その様子から、どうやらかなり緊迫した状況のようだと強制的に理解させられた。
「まさか『十一臣』まで出張って来てはいないだろうな?」
「今のところは穏健派が頑張ってくれとるみたいで、上の連中はまだ大人しゅうしとるみたいです」
おじいちゃんが呈した疑問へ即座にエルが答える。大物が動くまでには至っていないと判明したことで、ようやく場の空気が少しだけ弛緩する。
詳しい説明は省くが、この『十一臣』というのは『水卿公国』において、いわゆる領地持ちの大貴族に当たる人たちとなる。そのため彼らが一人だけで動くということはありえず、『十一臣』が要塞入りするとなると、それ相応の数の領兵が付き従うことになるのだ。
「しかし『土卿王国ジオグランド』の件に介入するにしては動きが早過ぎはしないか?あそこ出身の冒険者も巻き込まれてはいるが、その程度じゃ国としては動けまい」
「多分そっちやのうて、リュカリュカたちやうちが見つけたもんのことがバレたんやと思います」
「ああ、クンビーラの近くにあった地下遺跡のことだね?」
中でも本命は、浮遊島へと繋がる転移魔方陣だろう。
どこかの誰かがぶっ壊したことは伝わっていないのか、それとも承知の上でのことかは不明だけれど。
「正解や。いつかはバレるやろうと思とったからそのこと自体は仕方あらへんねんけどな。むしろ今の今までバレずにすんどったことの方が不思議やったんやけど、このタイミングやろ。どうやら情報自体はかなり前から入手しとって、仕掛ける好機を見計らっとったみたいや」
内乱状態が続く『火卿帝国』はともかく、国外への出兵ともなれば平時であればその動きに反応して『土卿王国』の兵を差し出すだろう。むしろ『風卿エリア』へ進出するための絶好の口実にしただろうね。
百年前の『三国戦争』だって似たような経緯で三国が派兵し、防衛する『風卿エリア』の都市国家群も加えて泥沼の戦いに陥ってしまったのだから。
「あの一連の件で『土卿王国』は力を削がれることになったが、それより何より『冒険者協会』という見張り番が付いて自由に動けなくなっている。それを好機と見たのか」
随分と大雑把な判断の仕方だと思うけれど、それはボクたちがある意味当事者で、詳しい内容を知ることができたからでもあるのだろう。
そして詳しい内容を知っているからこそ、その判断が間違っていないとも思えてしまうのだった。
「だが、だとすれば出征を躊躇している理由はなんだ?」
「おいおい、ディラン。肝心なことを忘れているぞ。……まあ、過去数百年どころか数千年規模で遡ったとしても事例がないことかもしれないから、気が付かなくても仕方がなくはあるが」
デュラン支部長から揶揄い交じりな口調で言われて、おじいちゃんが仏頂面になっている。
まあ、以前聞いたブラックドラゴンさんの言葉通りならば、最悪古代魔法文明期にまで遡らなくてはいけなくなるからねえ。おじいちゃんも気が付かなかったというよりは、無意識の内に除外してしまっていたという方が適切な表現かもしれない。
「クンビーラには前代未聞、絶対強者の『守護竜』が付いているじゃないか」
「あ……、そういうことかよ。確かにあの御大を相手に喧嘩を吹っ掛けたくはないわなあ」
「だろう。例え一万の兵を預けられても同行したくないな」
「私ならその十倍の人数でも拒否させてもらうけどねえ。ドワーフの里で魔物を蹴散らしている姿を見せてもらったけど、あれは人の身で敵うような存在ではないよ」
おじいちゃんたちだけではなくて、おばあちゃんも大絶賛ですな。
普段はお腹丸出しで昼寝していたり、尻尾の先で孤児たちと遊んでいたり、非番の騎士や衛兵さんたちと盤上遊戯で対戦していたりと、のほほんとした生活を送っているだけなのにね。
あ、盤上遊戯はリバーシや将棋といったボクがリアルから持ち込んだもの、ではなく『OAW』に元からあったという設定の『戦盤』というゲームです。
異世界物の定番の一つである「リアルのアナログゲームを持ち込んで荒稼ぎ!」はしていないのであしからず。
「成り行きとはいえ、リュカリュカはそんなブラックドラゴン様に立ち向かったのですわよね……」
「前後の経緯を聞かなければ、無謀を通り越して自殺志願者の所業ですよ」
どうしてだろう、パーティーメンバーの二人からは称賛よりも戸惑いとか呆れといった感情の方が強いように感じられるのですが?
「それで!状況は分かったけど、ボクたちに『水卿公国』に行って何をしろっていうの?」
このまま続けているとボクの立場がとてもとても悪くなりそうな予感がしたので、強引に話題を元に戻しますですよ。
「あちらさんでは嘘かハッタリみたいに思われとるみたいなんよ。せやからブラックドラゴン様がほんまにクンビーラの守護竜になっとることを広めてきてや」
ブラックドラゴンのお披露目は結構盛大に行われて、式典には近隣の都市国家の重鎮を招待したりもしていたのだが、『水卿公国』の関係者は呼ばれていなかったらしい。
まあ、地理的な点もあってか『三国戦争』の時には一番攻撃を仕掛けてきた相手になる訳だからね。商人たちを通じて交易こそ平等に行っているものの、感情面では思うところがないとは言い切れないだろう。
「行商人らの表のルートからも、入り込んどる連中による裏のルートからもその話は上がっとるはずなんやけど。どうも情報を軽う考えとるやつがおるみたいや」
どこの組織にも自分の考えが絶対で他人の意見を聞かない自己中で頭の固い人がいるらしい。
そしてエルが加入したことでマシになってきたとはいえ、まだまだクンビーラの諜報部門では他国の活動を抑えることはできていないみたいだね。
『戦盤』の詳しいルールが知りたい人がいましたら、私の完結済みの作品『俺妻勇者 ~俺の妻が世界を救った勇者だったらしい~』の48部『〈初期設定〉と〈盤上遊戯の設定〉https://ncode.syosetu.com/n8673eh/48/』をご覧ください。
と露骨な宣伝をしてみる。粗削りながら頑張って考えたので、見てもらいたいという気持ちもありまして、はい。よろしくお願いします。
一応リーヴの鎧の元になった人が出てきますので、気になった人は全部読んでくれもおっけーです!
なんなら感想とかくれても嬉しウワ何ヲスルヤメロ




