650 『冒険者協会』への対策
中枢にいた高位貴族たちの一斉の隠居に、国家主導で行われていた多くの民にとっても悲願でもある空を征く船製作への監視と、『土卿王国』は一気に力を削がれることになった。
これでしばらくの間は、他国への侵略に乗り出すどころか計画を練る余裕すら持ちようがないだろう。
なにせ逆らえば冒険者という対魔物のスペシャリストの派遣を止められてしまうことになるのだ。治安維持に欠かせない彼らの存在を抑えられていては従うより他はないだろう。
もっとも、そうされても仕方がないだけのことをやらかしているので、同情する気にはまったくなれませんけれどね。
「リュカリュカ、どうかしましたか?」
最初にボクの様子の変化に気が付いたのはネイトだった。顔を動かせばミルファも柳眉をひそめてこちらを見つめていた。
いやはや、パーティーメンバーとして一緒に過ごしてきた時間は伊達ではないということだわね。
ネイトの方が先だったのは戦闘時には回復役という立場柄、後方から仲間たちのことをしっかり観察する癖がついていたからだと思われます。
さて、どう答えたものかな?
「気になることがあるなら話してくれませんか。あなたの考えは想像もつかないようでいて的を射ていることも多いですから」
「そうですわね。常識知らずだからこそ見事に本質を突いているのですわ」
ネイトの言葉はともかく、ミルファのそれは到底褒めているようには聞こえないのですが?
まあ、いいや。別段口をつぐまなければいけないようなことでもないし、話せというなら話しましょうか。
「今回の一件で『冒険者協会』は『土卿王国』に貸しをつくっただけじゃなくて、空を征く船の開発にも口を出すことができるようになったんだよね?それって一人勝ちもいいところじゃない。正直に言って、『冒険者協会』の利が大きすぎると思う」
ただでさえ超国家組織として、並大抵の国では太刀打ちできないほどの巨大な規模を誇っているのだ。空を征く船の開発技術のような戦力へと結びつきそうなものまで手に入れてしまっては、良からぬことを考え始めるやからが現れるかもしれない。
「それはさすがに考え過ぎってやつじゃないか?」
疑念を口にしたボクに、おじいちゃんがしかめっ面で言う。彼からしてみれば長年お世話になってきた相手だから、あまり悪くは考えたくないのかもしれないね。
加えて、これまでも迷宮などから古代の魔道具が発掘されてきたが、それらを使って『冒険者協会』が覇権を求めるようなことはなかった、という経験則からボクの言い分が荒唐無稽なものとして感じられているのかもしれない。
「考え過ぎだったならそれはそれで別にいいんだよ。何事も起こらないならそれに越したことはないからさ。実際のところ、今は彼らよりよっぽどやらかしそうな連中が『土卿王国』の中央には残っているから、そいつらの監視や監督で手一杯になっているだろうね」
高位貴族連中を首にできた反面、王族は不可侵として誰一人として罪に問えなかったという話だった。実行役として山間の洞窟にまでやってきていた第六王子すら不問だったというのだからねえ。
見方によれば、ブレインで黒幕気取りだったやつらを、王家が『冒険者協会』を使って排除させたと捉えることだってできるのだ。
「でもさ、その状態がずうっと続く訳じゃないよね。例えば十年後。『冒険者協会』のトップが変わることでその方針も変化するかもしれない。例えば五十年後。世代交代で今の出来事を体験した人たちが一人もいなくなってしまった時に、己の欲望を優先する人が出ないと言い切れる?」
エルフの人たちなら五十年後くらいはまだ普通に現役だろうけれど、それを言い始めると話が分かり難くなってしまうので触れない方向でお願いします。
ボクの言葉に皆は難しい顔で押し黙ってしまう。まあ、そうだよねえ。本当の目的があったとはいえ、建前上はそういう自分の欲望のために好き勝手していた協会職員たちを監査するために『土卿王国』へと乗り込んだのだから。
複数の末端が腐敗していたから中枢も腐っている、なんて暴論を言うつもりはないけれど、今ではない未来に不安を抱かせてしまう要因であることは確かだ。
「そこまで考えていたんだ、腹案の一つくらいは思いついているのではないかな」
デュラン支部長に促されてコクリと頷く。
「『冒険者協会』の一人勝ちにならないように、『七神教』を巻き込みます」
「なんだと!?」
「それは……、他の国ではいけないのかい?『火卿帝国フレイムタン』は内部のごたごたが治まっていないから厳しいとしても、『水卿公国アキューエリアス』であれば国力的には『土卿王国ジオグランド』と同等と言えるだろう。『風卿地域』からも都市国家群を取りまとめて連合とすれば、小国だと無碍には扱えまい」
「『土卿王国』に対してであればそれで十分に格好がつくかもしれませんけど、今回けん制しなくちゃいけない相手は格も規模も段違いですから」
ぶっちゃけ『冒険者協会』に対抗できるだけの力を持つとなると、同じく超国家の組織である『七神教』以外にはありえないのよね。
「なるほど。確かに『七神教』が出張るのが妥当みたいだねえ」
げんなりした顔で呟くおばあちゃんです。
まあ、そうなれば高司祭の役職についている彼女が率先して――あちらこちらに根回しとか――色々と動き回らなくてはいけなくなるだろうから。
「それに、都市国家群の取りまとめには時間がかかってしまいますし、かといって『水卿公国』を任せるとなると、『土卿王国』との間に明確な上下関係ができることになります。あの通り『火卿帝国』は未だに内部に爆弾を抱えたままですから、『水卿公国』の一強になっちゃいますよ」
「好戦強硬派の連中が声高に大陸統一を叫びだしそうだな……」
「ああ。間違いなくそうなるぞ」
デュラン支部長の台詞におじいちゃんだけでなく、ミルファやエルも首を縦に振って同意していた。
クンビーラは『風卿エリア』の中でも北部に位置しているから、他の二国に比べて『アキューエリオス』の情報は入ってきやすいということなのだろう。
つまりは戦争万歳で武力ヒャッハーな人が間違いなく存在しているということですね。
せめて「我が国の戦力は大陸一イイイィィィィィ!!」な狂信者ではないことを祈りたいところだけれど、無理そうだよねえ……。




